みかじめ料

先日の夢。

宿屋なのか小料理屋なのか、大きな店の一階で蕎麦を啜っている。

建物はかなり古く、時代掛っている。

近くの席にあまり人相の良くない男達が三人居て、先程から頻りに小声で何か囁き合って、良からぬ相談をしているらしい。

男達の風体は時代劇に出てくるような遊び人風で、町人を結っている。

僕の服装は時代劇風という訳ではなく、いつもと変わらない。

リーダー格らしき年嵩の男は、背は低かったが頑丈そうな体つきで、目付きが刺す様に鋭い。

もう一人の男は痩せて背が高く、爬虫類のように青褪めた表情のない顔をしている。

残りの一人は狐の面のように目が細く色白で、何がそんなに可笑しいのか、袂で口許を隠して始終やにやと笑っている。

リーダー格の男が懐手にしたまま、「あんた今俺たちの話を聞いてたろう、聞いたからにはお前も一口乗れ。」というような事を言う。

断りたいが、そうすれば間違いなく面倒な事になりそうだった。

ここは話を合わせておいて適当なところで逃げ出そう、と思い、三人の男達に付いて行く事にする。

年嵩の男が「いいか、大きな音をたてるなよ。」と言い、静かに店の奥に向かう。

ゆっくりと二階に上がり、店の中を進む。

二階はお座敷になっていて、部屋数もかなりある。

時々店の者らしき人物と出くわすと、「お変わりありやせんか、御用心、御用心。」と口々に言い、さも店側に頼まれて見回っているかのように堂々と振る舞う。

何しろ大きな店なので、店の者がさぼっていたり、払いをくすねたり売り物に手をつけているような場面に出くわす事も少なくないらしく、そうすると(口を噤んでおいてやるから何かよこしな)と目配せをする。

出し渋ると、「ふてぇ奴だ!」と大袈裟に騒ぎ立てて、店主の前に引き出す。

そうやって小銭や手近にある物を強請り取ると、どんどん懐に入れる。

店主か番頭のような立場の者が、「御苦労様。」と心付けを渡すまで、店の中を隅々まで覗き回って延々とそれを続けるらしい。

時々は本当に泥棒や万引きなどを見付けて引き渡す事もあるらしく、役に立つ事もないわけではないが、店としては煩いからさっさと追い払ってしまいたくて、額もそう多くはないからというので大抵はすぐに心付けをせしめるのに成功する。

そうしたら慇懃に礼を述べて立ち去る。

この男達はそれが稼業らしい。

多く取り過ぎない、頻繁にたかりに行かない、時々は誰か適当な鴨を見繕って店に引き渡す、というのがコツらしい。

「どうだ、こんなに楽な稼業はねえぞ、お前も仲間に入れてやろうか。」

「ほら、最初の分前だ、取っとけ。」

年嵩の男に手首を捕まれ、小銭を握らされる。

男の手はがさがさして分厚く、暖かだった。

ごつごつした岩みたいな赤ら顔は、にやっと笑うと目尻に深い皺が刻まれ、人懐こそうな好々爺風に見えなくもない。

狐顔の男が「あんたそれにしても酷い格好だねえ、あたしが何か見繕ってやるよ。」と言って、また袂で口を隠して笑った。

背の高い男は話を聞いているのか聞いていないのか、空を見上げたままぼんやりと口を半開きにして風に揺れている。

そんな稼業に加わる気もないし、全く迷惑な話だと思ったが、段々とこの三人に興味が湧いて来た。

このまま深入りすれば抜けられなくなって厄介事になるのは目に見えているが、かと言ってどう逃げ出したものか、と思いを巡らせながら、真っ暗になった路地を三人の後から付いて行く。

 通りの先に赤い提灯を灯した店が見える。

男達は次はあそこへ向かうのだな、と思う。

 

 

 

 

 

 

奇妙な夢

ひとつめの夢

久しぶりに奇妙な夢を見た。

起きてすぐ家人に話したので、わりあいはっきりと憶えている。

最初の夢は、家族で旅に出る夢。

何処か田舎の方へ向かっている様だが、余程辺鄙な場所とみえ、夜行列車に乗って途中何度も乗り換えがあるのだけれど、その乗り換えというのが不便極まりない。

真っ暗な無人駅で降ろされ、別な路線の駅へ向かうが路地には人影もなく、とぼとぼと暗い道を不安気に歩いているのは同じ列車に乗り合わせ、おそらくは同じ場所へと向かう乗客ばかり。

皆が互いに様子を見合って(この人に付いて行けば乗り換え駅に辿り着くだろうか、時間に間に合うだろうか)と心細気な足取りなのが見て取れ、自信のあるしっかりした足取りでずんずん歩いている者は誰一人として見当たらない。

案内の地図もなく、何処となく話し掛けられるのを避けている風な訳ありな人達ばかりなので道を訊ねる訳にもゆかず、またたとえ訊ねてみても、誰もまともに応えられまいと思う。

舗装もされていない田舎道は妙にだだっ広く民家もまばらで、どの家も堅く扉を閉ざして灯りもなくひっそりと静まり返っている。

乗り換え駅を探して歩く私達の、砂利や小石を踏む「ざっ ざっ…」という足音だけが聴こえる。

どんどん景色が寂しくなり足許が暗くなるようで、不安な気持ちは募るばかりだが、それを顔に出すまいと努めて、淡々と歩を進める。

妻も子供達も口を利かず、少し緊張した面持ちで付いて来る。

何度か路地裏へ折れて道が狭くなり、これはいよいよ正しい場所へは辿り着けまいと諦めかけた頃、急に道が開けた薄明るい場所に出た。

古めかしい街灯があり、道には煉瓦が敷かれている。

真夜中だというのに明りを灯している店も幾つか目に入った。

どの人も少し安堵して表情が柔らかくなる。

飲食店に入って行く夫婦者や土産物屋の暖簾を潜る者、それぞれに散って行くのを見て、どうやら次の列車が来るまでここで時間を潰すのらしいと気付く。

私達も何処か休める場所を探して少し落ち着こうと、きょろきょろしながら通りを進んで行く。

店構えの大きなゲームセンターの前を通り掛かると丁度電飾看板の灯りが落とされ、辺りがフッと暗くなった。

店仕舞をしているところらしい。

ゲームセンターと言っても今風の派手な店構えではなく、硝子扉の両側に、マネキンを幾つか並べておけるような深くて大きな飾り窓(飾り部屋と言った方が相応しい様な)の付いたウィンドウがあり、元は衣料品か何かを売っていた店舗なのではないか、と思わせる様な懐古的な風情である。

実際その頃の名残りと思しき壊れたマネキンに、これまた使い古されたウサギの着ぐるみだの、ボロボロになったピエロの衣装だのが着せられて置かれている。

それを眺めていたら、その飾り窓の向こう、暗くなった店の奥に、懐かしいピンボールマシンや、小さな頃に遊んだ記憶のある古い大型筐体の並んでいるのが目に入った。

そのゲーム機とゲーム機の間に、彼らは立っていた。

飾り窓にあったのよりは少しだけ新しく見えるウサギの着ぐるみ、滑稽なくらい大きなボクシンググローブを着け、大きなトランクスを穿いたピエロ、紅いビロードの上っ張りを着て大袈裟なシルクハットを被り、腰に丸く束ねた鞭を下げた顔色の悪い男が、身動ぎもせずに、じっとこちらを見ている。

それに気付いてゾッとして、慌ててまた歩き出す。

彼らは暗い店の奥から、たまたま通り掛かった私達を、まるで自分達もマネキン人形か何かのように、只じっとこちらを見据えていた。

店の前を通り過ぎる時にちらと振り返ると、彼らは矢張り身動きもせず、首だけをこちらへ向けている。

店の中を片付けるでもなく、帰り支度をするでもなく、互いに話をするでもなく、暗くなった店の中からじっと通りを窺っていた。

 

暫く行くと、古くて大きな雑居ビルの前へ出た。

地下へと続くエスカレーターがあり、下へ行けば天井の低い紳士服売り場や、肌着の買える店があるのを思い出す。

けれどもそこには大した物は売っていない。

興味を引くような物は何もない。

上へ行けば電気街と、またその上にも小さなゲームセンターがあり、寂れたフードコートがあった筈だ。

自販機で何か買って、そこで子供達を休ませようと思う。

段々に思い出す。

ここへは以前にも寄った事がある。

 

 

ふたつめの夢

気難しい顔立ちをした痩せた男が、地味な焦茶の着物を着た女と向かい合って座っている。

女の髪は後ろで纏めて結い上げられ、着物には汚れを防ぐ為か襟に白布が当ててある。

男も女も、若いようにも、歳をくっているようにも見えた。

 

真っ暗な車窓の向こうを何か薄ぼんやりとした白い物が時折通り過ぎて行くようだが、目を凝らして何か確かめようとしてみても上手くいかない。

「どうしても俺と居られないか」

「自分のこの身は神様に捧げたのだから、どうしてもあなたとは行かれない」というような会話が聞こえる。

深刻な様子で黙りこくった後、また先程の会話と似通った話が繰り返される。

「解っている。それでもいいから。」

「解っていない。この身は神様の物なのだから。」

何度めかの会話の後、男が「どんな覚悟だって出来ている。何でも君の良い様にしたらいいから。」と言い、それに女が「では、参りましょう。」と短く応え、それからは二人とも黙って暗い窓の外に顔を向け、列車に揺られている。

列車が停まり、暗い路地に降り立って暫く歩いてゆくと、いつの間にか一緒に降りて歩き出した筈の他の乗客達の姿は周りになく、男は女に手を引かれるようにして急な坂道を登って行く。

何処か悪いところでもあるのか、男は苦しげに顔をゆがめている。

長い坂の先に女の家がある。

小さな家に不釣り合いな大きな蔵があり、女は「家の物は好きにして構わないけれど、この蔵へだけは絶対に入ってはいけない」と言う。

暫くは何事もなく二人で過ごしたけれど、女は神様の用事だとかで、度々家を空ける。

男に入ってはいけないと言い置いた蔵に暫く籠もると、真夜中だろうと早朝だろうと構わず、顔を隠す様に出掛けて行って、何日も戻らない事もあった。

その間、何処で誰と何をして過ごしているやら、男にはさっぱり解らない。

最初のうちは黙っていた男も段々に焦れて来て、その事を問い詰める様になった。

女は頑なに口を閉ざして答えない。

男はまた蔵へ籠ろうとする女に追い縋り、女の肩に掴み掛かる様にして蔵の中へと入って行った。

蔵の中には、ばらばらにした人形の身体の一部がうず高く積み上げられている。

人と同じ大きさに作られた人形達は、乱雑に脱ぎ捨てた服が時折人の形を成す様に、異様に捻れて床に打ち捨てられている物や、角には高く高く積み上げられ、今にも崩れ落ちて来そうな山も出来ている。

激昂した男が女を壁に追い詰め、肩を掴んで激しく揺さぶると、がくがくと揺れた女の頭が人形の山にぶつかって、がしゃんと陶器が砕ける様な嫌な音をたてた。

女の表情がすっと失せ、女の後ろからがしゃがしゃと不快な音がして、何かが虚ろに積み上げられた人形の中を這い登って行く。

真鍮色をしたパイプの先端と尾に、矢張り鈍い金色をした大小の珠の付いた何かが、蛇の様に素早く這い登って、一番上に積み上げられた人形の頭の中にするすると収まった。

途端に人形の頭と首の付け根の隙間に薄い皮膚が張る様に繋がり、その下にあった胴が繋がり、腕が繋がり、その腕で手繰り寄せる様にして脚を繋げ、人の形を成した人形がゆっくりと動き出す。

壊れた人形の様に目を見開いたまま動かなくなった女を呆然と見詰めている男は、それに気付く様子もない。

人形が不自然に首を捻らせて男を見下ろす。

蔵の小さな明かり取りから射す微かな月明かりに人形の貌が照らし出された。

半面は能面の様な静かな相貌だったが、もう反面は大きく罅割れ、顎が外れた様にぶら下がり、尖った小さな歯がびっしりと並んでいる。

 

人形は蜘蛛の様に音も立てず、ゆっくりと男の方へ降りて行く。

大きく口を開けて。

  

 

 

 

 f:id:uronnaneko:20180829225624j:plain

 

 

 

不具合

体調の事を記録しておいた方がいいだろうと思いながら、不調について改めて書くと自分でも気が塞ぐものだから、つい書かずに過ごす。

普段は人に話したりもしないし、自分でもなるべく気にせずにいる。

気にしたところでどうにかなる訳でもないのだから、気に病んでじめじめと過ごすよりも気持ちを別な方へ向けていた方が建設的だ。

 

僕と同じで家も老朽化が進み、あちこち不具合が出始めている。

先日は玄関ドアの取替があった。

新しいドアは、地震で歪んだ時にも閉じ込められにくい工夫がされているとの事。

ドアだけ新しくなってもあまりありがたみは感じないけれど、見た目は多少ましになったのかも知れない。

旧くなったエアコンからはボタボタと水が漏れ始め、慌てて吸引ポンプを取り寄せ、ドレンホースから水を吸い上げて詰まりを解消し、何とか事なきを得た。

業者にメンテナンスを依頼すれば高くつくし、エアコンなしに過ごすには過酷過ぎる暑さだから、何とかなってホッとした。

炎天下にベランダに出てポンプを押したり引いたりして大汗をかいた甲斐があるというものだ。

もう一つ困っている事がある。

二ヶ月程前から、突然洗面所に悪臭が漂う事がある。

雨の降り始める頃に特に酷く、下水の臭いが上がってきているのだと思うのだけれど、洗濯パンの排水トラップを調べてみても異常が見つからないし、洗面台の排水パイプからでもない気がする。

原因が解らないので対処のしようもなく、まだ解決に至らない。

 

 

 

 

名前のない魔物

先々月入院した兄は、比較的軽度の脳梗塞だった。

思っていたよりも早くに退院し、仕事にも復帰した。

色々の不自由もある様だけれども、一先ず胸を撫で下ろす。

 

胸を撫で下ろしたところで今度は自分の体調が悪くなり、目眩が酷くて数日寝込んだ。

乗り物酔いの様な状態が続いたのが辛かったので、観念してずっと先延ばしにして来た再度のMRIを受けに行った。

もっと設備の整った病院で早急に血管の専門医による診断が必要、とのことで、すぐに紹介先の病院でもMRIを撮る。

脳動静脈奇形とされていたけれども、病巣の場所が微妙に脳幹から外れた場所にある様に見える事から、おそらくは脳動静脈瘻か、静脈血管奇形ではないか、とのこと。

何れにせよ珍しい病気で、独力で得られる情報は多くない。

海綿状血管腫もあるかも知れないが、これ以上の精査をするとなると、リスクも伴うことを告知される。

数ヶ月に一度MRIを撮って経過観察を続ける、というのが一番穏やかな方法だろうとのこと。

 

この先に記す事は自分の備忘録として残しておく為の物なので、もし同じ病気の方が目にする事があっても、参考にはしないで欲しい。

体質や、脳のどの場所に病巣が出来るか等、様々な条件で全く違った反応が現れる事が考えられるし、緊急性のある場合もないとは言えないので、僕の様に何年も放置したりのんびり構えていて大丈夫だなどと思われては困る。

あくまでも僕の場合にはこんな事が起こった、という記録に過ぎない。

 

最初に異常に気づいたのは、2012年の中頃だったと思う。

安静時でも心悸亢進が激しく、すぐに動悸と息切れがして満足に歩けなくなった。

元々高い方ではなかった血圧が急に跳ね上がり、最初は心臓の異常を疑って検査を受けた。

血圧と頻脈を抑える為、降圧剤とβブロッカーの服用を開始。

検査の結果、心臓の異常は見つからず、原因の特定が出来ぬまま薬の服用を続ける。

この頃から、数ヶ月ごとに嘔吐を伴う激しい頭痛に襲われる様になる。

鎮痛剤を飲んで眠れば翌日には嘘のように楽になっていて、再現性もあるとは言えないくらい間が空くので、ついそのまま過ごして病院へは行かず。

元々酷かった耳鳴りは止むことがなくなり、それはこれを書いている今も続いている。

時々は会話も困難なほどで、もう耳鳴りのなかった頃の静寂を思い出そうとしてみても虚しいだけだ。

それでもそんな状態で何年も過ごすうち、症状に一つ一つ対処していくコツのようなものも掴めて来て、頭痛は気配を感じたら我慢せず早めに鎮痛剤を使い、動悸は安静時に100近くになったらβブロッカーを服用、血圧も下が100近くなったら降圧剤と、それぞれをやり過ごす事で何とか凌いで来た。

耳鳴りと目眩だけはどうする事も出来ず、耳鳴りは出来るだけ気にしないようにしているけれど、目眩はそうするわけにもいかずに数日寝込む事もあるけれど、そんな状態でも子を持てたし日々の暮らしをそれなりに楽しんでもいる。

血流に異常が起こっているのは確かに感じる。

毎朝手足が重怠く、心悸亢進の起こり始めた頃には目の下が真っ黒になって、下手なドラマの大げさな病人メイクをした役者のような顔になった。

死相というのはこういうものか、と自分でも感じるくらい血色が悪かったけれど、不思議とその後段々に解消されて、今はそうした事も時々にしか起こらない。

両目が酷く充血する事もあり、それは血流の異常から眼圧が上がり過ぎるからということらしい。

そんな日には視界も酷くブレて、かなり大きな文字も読むのに難渋する。

視界のブレに気付いたのは遠くの高層ビルの上にある安全灯を見た時で、やけに縦長の照明だな、と思ったのだ。

あんなに長い形の照明が必要なのかな、と不思議に思った。

首を傾げてみると、その照明は僕の傾げた角度に合わせて斜めに伸びた。

視界が縦にブレていたのである。

充血が酷くなると、段々に目が飛び出してくることもあるという恐い記事も目にして、これには少し参った。

手足の怠さがあまりに酷い時には妻に頼んで思い切り踏んでもらう。

掌も足の裏も、全体重を乗せて思い切り踏んでもらう。

これが効果覿面で、踏んでもらった直後には、こんなに息を吸うのが楽なのが当たり前なのか、と感激するくらい呼吸が楽になる。

いつもは高山に暮らしているかと思うくらいに酸素が不足しているのを感じる。

耳鳴りも目眩も、頭痛や動悸も、脳の血流の異常が原因ではないかと疑っているけれど、それが正しいかどうか解らない。

何度めかの激しい頭痛の後、MRI検査を受けて脳動静脈奇形と思しき物が見つかったけれど、その病名も今度の検査で怪しくなった。

病名が分からないと何だか気持ちが悪いけれども、積極的な治療に踏み切れない状態でこれ以上の精査を望めばリスクを伴うとの事なので、経過観察を続けていくしかない。

 

今一番欲しいのは情報なのだけど、「名前のない魔物とは戦えない」というファンタジー小説の設定のような壁が立ちはだかっている。

調伏する為には、まず名を知らなければならない。

 

 

 

 

 

何もないことの幸せ

気が付けば、もう半月ほど誕生日が過ぎている。

この日記の書き出しに、「気が付けば」と書くのはもう何度目の事だろう。

もう誕生日なんて本人でさえ忘れている事も屡々で、特に目出度い日でもなくなっているのだけれど、何事もなくまたこの日を迎えられた事に感謝すべきなのだろう。

こうやって何とか次の誕生日も、そのまた次の誕生日も忘れたまま過ぎ去って、そうやって何事もなく子供達が大きくなって行くのを見続けられたのなら、それに勝る幸せなどないようにも思う。

 

最近ではすっかり「恐いお父さん」役を続けるうちに、険しい表情でいるのがデフォルトになってしまって、そんな自分がふと嫌になる。

妻は「叱る」「怒る」が非常に不得手で、それが彼女の良いところでもある。

彼女も頑張って叱ってはみるのだけれど、子供達は平気の平左で聞き流す。

子供達も大きくなって来て、一声で制止出来るか否かが命を左右する場面も絶対にないとは言えず、それを考えるとどうしても普段から厳しくなってしまいがちで、けれども先へ先へ心配ばかりして叱りつけていたのでは、子供が萎縮して何も出来なくなってしまうのではないか。

亡くなった母が僕の性質を見抜いて釘を刺していた、全くその通りの事をしてしまっている。

大体もし今自分に何かあって子供達の前から去らなければならなくなったとしたら、彼らにとってどんな父親の記憶が残るだろう。

大きな怪我をして欲しくない。出来れば病気にもなって欲しくない。

何が危険で、どうしたら回避出来るか、早く身に着けて欲しい。

そう考えての事だけれど、それが理解して貰えるようになるのはまだずっと先の事だろう。

「お前もいつか親になれば解る」という言葉の重みが、本当にこれ程迄に身に沁みようとは思ってもみなかった。

「孝行したい時に親はなし」と言うけれど、今更ながらに、してきた不義理と無礼の数々を、平伏して許しを請いたい気持ちに苛まれる。

口数の少なかった父が、もしかしたらあの時こんな気持ちでいたのではないか、と思い至ったのはつい先日の事だ。

あまりにも遅い。

まだ小さかった頃、父に誘われて何度か二人きりで過ごす事があった。

大抵は、何かの会合に出席する際に僕を同席させる、という様な形で、特に僕を連れて行かねばならないというような用事ではなかったから、会話の弾まない車中で、僕は(早く終わらないかな、どうして僕を連れて行くのかな)等と考えていた。

そんな時、父は大抵「何か食べたい物があるか」「何か欲しい物があるか」という様な事を訊ねた。

あれはきっと、父なりの、精一杯の「甘やかし」だったのだろう。

小言を言わない日。何か強請るのならそれを聞いてやる日。

そんなつもりだったのではないか。

僕は大抵、「欲しい物も食べたい物も特にありません」と答えた。

そうしてまた車中は静まり返る。

父はどんな気持ちでハンドルを握っていたのだろう。

今になってようやくそんな事を考える。

先日も何かで小言を言って、すっかりしょげ返っている長男の後ろ姿を見ながら、(まだ何て細っこい首だろう。ああ、一度も叱らないで思い切り甘やかせる日があればいいのに)と考えた。

それで急に、小さかった頃の、あのきまりの悪い、会話のない車中での事を思い出したのだ。

正直なところ、「大きくなれば解る」だの「親になれば解る」だの言われても、(そんなもの解るもんか、あなたと僕は違う人間なんだ)と思っていた。

本当に本当に、浅はかだった。

どうしようもなく小賢しく、生意気な子供だった。

今こそ真摯に耳を傾けて助言を請いたい、と思えるようになったというのに。

もう助言を請うべき人もない。

 

 

何もない日を過ごせるのは幸せだ。

怒る事もなく、悲しむ事もなく、退屈で静かな一日を過ごせるのは、この上もなく幸せだ。

 

兄が倒れた。

危惧していた通りの事が起こってしまった。

大きな幸運など望まない。

立派でなくてもいいし、みっともなくていいから、踏み留まって日々をやり過ごせる強かさと、ほんの僅かな目溢しが欲しい。

僅かな隙。ゆるさ。やわらかさ。

予測し得る不幸の連鎖を断ち切るような、何か。

 

 

 

 

 

悼む


Jóhann Jóhannsson - A Song for Europa (Live on KEXP)

先月、48歳の若さで亡くなった作曲家、ヨハン・ヨハンソン

昨年公開された映画「メッセージ」で知って、ああ、いいな、この人の曲をもっと聴いてみたいな、と思っていたのに。

繊細で耳に残る哀しげなメロディーや、水の底にゆっくりと沈んで行くような、またはゆっくりと浮上して行くような、静かな曲調。

それも喉元に突きつけられたような残酷な哀しみではなくて、何処かいたわるような、哀しむ人の背中にそっと手を添える様な優しさがあって、美しい。

 


Johan Johansson - Prisoners OST - The Candlelight Vigil

 

ああ、そうか。

悼む為の曲なんだ、と独り合点する。

去ってしまった者を悼む為の、残された者をいたわる為の。

勿論本当はそうではないのかも知れないけれど、こんなに美しい曲なら、自分の葬儀で流して貰いたい、とさえ思う。

きっと家族をいたわってくれるだろう。

ちゃんと悲しみに向き合って、何時かその痛みが癒える様に、背中に手を回し抱きしめてくれるだろう。

そう思えるような素晴らしい曲が、何曲もあった。

こんなに美しいものを残せる人が早くに去ってしまうのは、本当に悲しい。

 


Theatre Of Voices - Jóhannsson: Orphic Hymn

 

ブレードランナー2048」からの降板も、とても残念だった。

「メッセージ」でもそうだったように、この人の曲は映画にとって本当に重要な役割を果たしただろうに。

この映画の為に作っていたであろう未発表曲が、何時か何処かで公開されるといいのに、と思う。

 


Johann Johannsson - Good Morning, Midnight & Good Night, Day / Orphée (Video)

 

 ブログへの直貼が出来なくてYouTubeに移動しないと聴けないものも幾つかあるけれど、是非沢山の人に知って貰いたい。

本当に素晴らしい曲ばかりだから。

 

 

 

しましまろ

もうすぐ次男坊が三歳になる。

上の子とよく遊ぶおかげか、何でもよく兄の真似をして発語も早く、色々と話す。

微妙に間違うのが可笑しくて可愛くて、本当はいけないのだろうけど、敢えて正さないでそのままにしている。

「マシュマロ」は「しましまろ」。

「ぶつかった」は「ぶちゃかった」。

耳がこそばゆいような、独特の響き。

今だけ、の楽しみ。

 

子供から言われる「おとうさんだいしゅき!」は、何とも表現しがたい気持ちにさせる。

どんな相手から言われるのとも違う、不思議な響きを持っている。

耳も心も、こそばゆい。