奇妙な夢

ひとつめの夢

久しぶりに奇妙な夢を見た。

起きてすぐ家人に話したので、わりあいはっきりと憶えている。

最初の夢は、家族で旅に出る夢。

何処か田舎の方へ向かっている様だが、余程辺鄙な場所とみえ、夜行列車に乗って途中何度も乗り換えがあるのだけれど、その乗り換えというのが不便極まりない。

真っ暗な無人駅で降ろされ、別な路線の駅へ向かうが路地には人影もなく、とぼとぼと暗い道を不安気に歩いているのは同じ列車に乗り合わせ、おそらくは同じ場所へと向かう乗客ばかり。

皆が互いに様子を見合って(この人に付いて行けば乗り換え駅に辿り着くだろうか、時間に間に合うだろうか)と心細気な足取りなのが見て取れ、自信のあるしっかりした足取りでずんずん歩いている者は誰一人として見当たらない。

案内の地図もなく、何処となく話し掛けられるのを避けている風な訳ありな人達ばかりなので道を訊ねる訳にもゆかず、またたとえ訊ねてみても、誰もまともに応えられまいと思う。

舗装もされていない田舎道は妙にだだっ広く民家もまばらで、どの家も堅く扉を閉ざして灯りもなくひっそりと静まり返っている。

乗り換え駅を探して歩く私達の、砂利や小石を踏む「ざっ ざっ…」という足音だけが聴こえる。

どんどん景色が寂しくなり足許が暗くなるようで、不安な気持ちは募るばかりだが、それを顔に出すまいと努めて、淡々と歩を進める。

妻も子供達も口を利かず、少し緊張した面持ちで付いて来る。

何度か路地裏へ折れて道が狭くなり、これはいよいよ正しい場所へは辿り着けまいと諦めかけた頃、急に道が開けた薄明るい場所に出た。

古めかしい街灯があり、道には煉瓦が敷かれている。

真夜中だというのに明りを灯している店も幾つか目に入った。

どの人も少し安堵して表情が柔らかくなる。

飲食店に入って行く夫婦者や土産物屋の暖簾を潜る者、それぞれに散って行くのを見て、どうやら次の列車が来るまでここで時間を潰すのらしいと気付く。

私達も何処か休める場所を探して少し落ち着こうと、きょろきょろしながら通りを進んで行く。

店構えの大きなゲームセンターの前を通り掛かると丁度電飾看板の灯りが落とされ、辺りがフッと暗くなった。

店仕舞をしているところらしい。

ゲームセンターと言っても今風の派手な店構えではなく、硝子扉の両側に、マネキンを幾つか並べておけるような深くて大きな飾り窓(飾り部屋と言った方が相応しい様な)の付いたウィンドウがあり、元は衣料品か何かを売っていた店舗なのではないか、と思わせる様な懐古的な風情である。

実際その頃の名残りと思しき壊れたマネキンに、これまた使い古されたウサギの着ぐるみだの、ボロボロになったピエロの衣装だのが着せられて置かれている。

それを眺めていたら、その飾り窓の向こう、暗くなった店の奥に、懐かしいピンボールマシンや、小さな頃に遊んだ記憶のある古い大型筐体の並んでいるのが目に入った。

そのゲーム機とゲーム機の間に、彼らは立っていた。

飾り窓にあったのよりは少しだけ新しく見えるウサギの着ぐるみ、滑稽なくらい大きなボクシンググローブを着け、大きなトランクスを穿いたピエロ、紅いビロードの上っ張りを着て大袈裟なシルクハットを被り、腰に丸く束ねた鞭を下げた顔色の悪い男が、身動ぎもせずに、じっとこちらを見ている。

それに気付いてゾッとして、慌ててまた歩き出す。

彼らは暗い店の奥から、たまたま通り掛かった私達を、まるで自分達もマネキン人形か何かのように、只じっとこちらを見据えていた。

店の前を通り過ぎる時にちらと振り返ると、彼らは矢張り身動きもせず、首だけをこちらへ向けている。

店の中を片付けるでもなく、帰り支度をするでもなく、互いに話をするでもなく、暗くなった店の中からじっと通りを窺っていた。

 

暫く行くと、古くて大きな雑居ビルの前へ出た。

地下へと続くエスカレーターがあり、下へ行けば天井の低い紳士服売り場や、肌着の買える店があるのを思い出す。

けれどもそこには大した物は売っていない。

興味を引くような物は何もない。

上へ行けば電気街と、またその上にも小さなゲームセンターがあり、寂れたフードコートがあった筈だ。

自販機で何か買って、そこで子供達を休ませようと思う。

段々に思い出す。

ここへは以前にも寄った事がある。

 

 

ふたつめの夢

気難しい顔立ちをした痩せた男が、地味な焦茶の着物を着た女と向かい合って座っている。

女の髪は後ろで纏めて結い上げられ、着物には汚れを防ぐ為か襟に白布が当ててある。

男も女も、若いようにも、歳をくっているようにも見えた。

 

真っ暗な車窓の向こうを何か薄ぼんやりとした白い物が時折通り過ぎて行くようだが、目を凝らして何か確かめようとしてみても上手くいかない。

「どうしても俺と居られないか」

「自分のこの身は神様に捧げたのだから、どうしてもあなたとは行かれない」というような会話が聞こえる。

深刻な様子で黙りこくった後、また先程の会話と似通った話が繰り返される。

「解っている。それでもいいから。」

「解っていない。この身は神様の物なのだから。」

何度めかの会話の後、男が「どんな覚悟だって出来ている。何でも君の良い様にしたらいいから。」と言い、それに女が「では、参りましょう。」と短く応え、それからは二人とも黙って暗い窓の外に顔を向け、列車に揺られている。

列車が停まり、暗い路地に降り立って暫く歩いてゆくと、いつの間にか一緒に降りて歩き出した筈の他の乗客達の姿は周りになく、男は女に手を引かれるようにして急な坂道を登って行く。

何処か悪いところでもあるのか、男は苦しげに顔をゆがめている。

長い坂の先に女の家がある。

小さな家に不釣り合いな大きな蔵があり、女は「家の物は好きにして構わないけれど、この蔵へだけは絶対に入ってはいけない」と言う。

暫くは何事もなく二人で過ごしたけれど、女は神様の用事だとかで、度々家を空ける。

男に入ってはいけないと言い置いた蔵に暫く籠もると、真夜中だろうと早朝だろうと構わず、顔を隠す様に出掛けて行って、何日も戻らない事もあった。

その間、何処で誰と何をして過ごしているやら、男にはさっぱり解らない。

最初のうちは黙っていた男も段々に焦れて来て、その事を問い詰める様になった。

女は頑なに口を閉ざして答えない。

男はまた蔵へ籠ろうとする女に追い縋り、女の肩に掴み掛かる様にして蔵の中へと入って行った。

蔵の中には、ばらばらにした人形の身体の一部がうず高く積み上げられている。

人と同じ大きさに作られた人形達は、乱雑に脱ぎ捨てた服が時折人の形を成す様に、異様に捻れて床に打ち捨てられている物や、角には高く高く積み上げられ、今にも崩れ落ちて来そうな山も出来ている。

激昂した男が女を壁に追い詰め、肩を掴んで激しく揺さぶると、がくがくと揺れた女の頭が人形の山にぶつかって、がしゃんと陶器が砕ける様な嫌な音をたてた。

女の表情がすっと失せ、女の後ろからがしゃがしゃと不快な音がして、何かが虚ろに積み上げられた人形の中を這い登って行く。

真鍮色をしたパイプの先端と尾に、矢張り鈍い金色をした大小の珠の付いた何かが、蛇の様に素早く這い登って、一番上に積み上げられた人形の頭の中にするすると収まった。

途端に人形の頭と首の付け根の隙間に薄い皮膚が張る様に繋がり、その下にあった胴が繋がり、腕が繋がり、その腕で手繰り寄せる様にして脚を繋げ、人の形を成した人形がゆっくりと動き出す。

壊れた人形の様に目を見開いたまま動かなくなった女を呆然と見詰めている男は、それに気付く様子もない。

人形が不自然に首を捻らせて男を見下ろす。

蔵の小さな明かり取りから射す微かな月明かりに人形の貌が照らし出された。

半面は能面の様な静かな相貌だったが、もう反面は大きく罅割れ、顎が外れた様にぶら下がり、尖った小さな歯がびっしりと並んでいる。

 

人形は蜘蛛の様に音も立てず、ゆっくりと男の方へ降りて行く。

大きく口を開けて。

  

 

 

 

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