暖かなよく晴れた日の朝を選んで、逝った気がする。 妻が仕事休みで、一緒に見送ってやれる日。 個別葬の申し込み受付に間に合う時間。 診療時間の始まるほんの少し前。 全てが整い過ぎていた。 あの状態から十六日も頑張った猫は他にいない、と 獣医師が驚…

下血があったとのこと。 知覚過敏から痙攣発作が起こるようになった。 人の耳には届かない音域の、微かな音に反応して痙攣が起きる。 静かな呼びかけや足音で発作を誘発してしまうおそれはないとのこと。 意識レベルははっきりしていて、呼びかけに応じてち…

また一つ歳をとった。 自分の誕生日などさして気に留めたこともなかったが、 今年だけはいつもと違う。 年が越せるかどうかも解らない状態だったのが、 今日まで居てくれた。 それが何よりの贈り物なのだと思う。 毎日僅かでも顔が見られて、呼べばそれに応…

何日も酸素室の中で朦朧としているのを見ていると 本当にこれでよかったのだろうかと考える。 酸素室に入ってからもう随分になる。 よく晴れて暖かな日などは、すぐにも連れ帰って たとえほんの僅かでもいいから 最後に思い切り日差しを浴びさせてやりたいと…

もうあまり見えていないかも知れないと言われた目で チィさんは僕と妻の顔を交互に見る。 顔を近付けて名を呼べば、出なくなった声を出そうとして 喉から「ぐー、ぐー」と音を出して応える。 まだちゃんと意識がある。 もうがんばらなくてもいいんだよ、と思…

午後の面会時間に合わせて家を出、バス停へ向かう。 強い風に煽られて身体がゆらゆらと揺れる。 あまり酷く揺れるので、また目眩が始まったのだと思った。 チィさんの容態を確かめるまで倒れるわけにいかないと思い、 バス停の風除けに背中をぴたりとくっつ…

酸素室四日目。 薄く目を開けて前脚を伸ばした格好をしている。 昨日よりは呼吸が少し落ち着いて見える。 少しだけなら撫でてもよいと言われ、 硝子の扉を開けてもらう。 手を伸ばすと指先に少し顔を近付けて匂いを嗅ごうとした。 頬や鼻の上、横腹をそっと…

朝になると、病院へ電話してチィさんの様子を訊く。 午後の面会時間をひたすらに待つ。 入院二日目の面会。 初日の夜に比べると幾分落ち着いて見える。 息が苦しい為に箱座りしか出来なかったのが、 前脚を伸ばし、ちゃんと目を閉じて眠っていた。 呼吸が酷…

第四期に入り、腎性の貧血から来る呼吸不全で自発呼吸が困難になった。 もう治療の方法は残されておらず、唯々苦しみを和らげる為にのみ、 力を注ぐ。 昨日は息は荒いものの気持ち良さそうに日を浴びて目を細め、 触れればそれに喉を鳴らして応えてくれた。 …

見ていて不安になるくらい膨らんでいた腹部の張りが少し治まって、 痩せているのが酷く目立つ様になった。 長毛だから判りづらいが、撫でると背骨や腰骨がごつごつと掌に当たる。 お腹の張りが治まって少しは楽になるかと思いきや、 前よりも呼吸が荒くなっ…

チィさんのお腹の張りはいくらか改善されている。 呼吸は日によって荒く、頭が上下する。 機嫌は悪くない。よく喉を鳴らす。 一時よりも日に当たるようになった。 それが一つの目安になっている。 日に当たり、少しでも歩く日はこちらも気持ちが軽い。 暗い…

奥さん仕事休み。 昼食をニチコさん(母)に御馳走になる。 奥さんがチィさんの事で参ってやしないかと、 このところ何かと差し入れや御馳走をしてくれる。 帰宅して掃除。 晩は奥さんが年末の忘年会で当てて来たたこ焼き器でたこ焼きパーティー。 二人とも未…

アトリエ

アトリエに事務用の棚を幾つか入れる。 搬送を手伝ってもらい、組み立ては一人でやった。 サイズが大きい上にビス留めをしないタイプの物なので、 一人で組み立てるには少し工夫が必要。 近日中に金属製の大きな作業台も入る予定なので、 それまでに少し場所…

医者の見立てが信用出来ないという訳じゃないが、 矢張り気になるので再度受診。 腹部の膨らみが何なのか確認を取る。 触診で波動が感じられない事から、水分ではなくガスだろうとの事。 引き続き腸を刺激する薬を試す。 効き目の強い下剤等一切使用出来ない…

事務用棚を幾つか入れて整理する事になったのでアトリエの大掃除。 夕方になってチィさんを病院へ。 前回家人が行って確認してくれたのだけど、 矢張り自分で確かめてみないと気が済まない。 くれぐれも喧嘩をしない様に、と釘を刺される。 納得が行かないと…

出来る限りいつも通り過ごそうとしていても、 時々どうにも気が塞ぐので、 窮状をツイッター等で溢していたら、同じ経験をした方が、 「余っている猫用のサプリメントがあるので試してみますか」と 親切な申し出をして下さって、すぐに送ってくれた。 届いた…

小康状態、と言ってよいのかどうか、一時期の、 見ているのも辛い様なしんどそうな感じからは少し脱し、 機嫌だけはすこぶる良い。 鼓動も呼吸も早いままだし、腹部の膨らみも増していて、 腹水を疑っているが、医者は腹水ではないという。 背中や手脚はどん…

16日。 この辺りでは珍しいくらいの積雪。 さらさらと降り積もって、夜には何処も綺麗に真っ白になった。 雪深い処で暮らした事など一度もないのに、 雪が降ると沢山の事を思い出す。 自分ではあまりよく憶えていないのだけれど 小さな頃から雪が降るのを見…

8日。 レントゲン写真の肺に見える影が、 もしも急速に進行しつつある腫瘍だった場合、 容態が急変して窒息することもあると言われた。 軽度の炎症であることを願って抗生剤の注射をしてもらう。 病院から帰宅した時にはキャリーバッグから自力で出て来る事…

仕事が済み次第兄が病院へ連れて行ってくれる事になっていたが、 息苦しそうなのを見かねてタクシーで病院へ向かった。 レントゲンの結果、肺に影が見付かり、炎症を起こしているか、 ここ数ヶ月で急速に進行した腫瘍の可能性があると指摘された。 呼吸が苦…

水をあまり飲んでくれなくなってしまった。 喉が渇くだろうにとシュリンジから舐めさせようとしても 顔を背けて煩そうにする。 息が荒い。 薬も何とか飲ませてはいるが、 かえって苦しい思いをさせていないか心配になる。 少しでも楽に、チィさんらしくいさ…

毎日通院して目の周りに溜まった血膿を抜いてもらう。 処置に使う注射針が太くて痛そうだが、 チィさんは声を上げたりしない。 三日と四日は、正月休みだった妻が病院へ行ってくれた。 猫嫌いを公言して憚らない兄が、連日の様に車で送り迎えしてくれている…

クリスマスまで何とか漕ぎ着け、一緒に年を越す事が出来た。 本当によく頑張ってくれたと思う。 通院にも、毎週の注射にも、苦手な流動食や投薬にも、 あのチィさんが、さほど激しく抵抗もせず、 怖じたり非難がましい態度も見せず、少し煩そうにするくらい…

おなかのマッサージ、イージーファイバーやビオフェルミン細粒、 猫の便秘に効果があったとされるものを色々試してみたが、 どれも即効性のあるものでもなし、 今ひとつ効いているのかどうかよく判らない。 時々トイレの前でじっと蹲っているのを見ると、 矢…

尿毒症の軽減を期待して飲ませている活性炭(クレメジン) の副作用か、流動食ばかりで固形物を摂らない所為か、 そのどちらもなのか判別が難しいが、 チィさんが便秘になってしまった。 そもそもクレメジンは毒素を吸着させて便と一緒に排出させる為の薬なの…

週に一度、チィさんを病院へ連れて行く。 外気に触れさせる時間を出来る限り減らす為に通院には車を使うしかなく、 車を持たないので人に頼るかタクシーを呼ぶしかない。 今のところ週末に次兄が協力してくれて、何とか無事通院を続けている。 もうかなり医…

チィさんが朝から落ち着かない。 倍量になった薬の副作用が出て来て 不調でもあるのかと思い、はらはらする。 ホットカーペットを点けて暖かな場所を作っても、 部屋を移動する度に付いて来て、少し離れた場所に座り 何だかいつもと違う、物言いたげな表情で…

何をしていてもチィさんの事が頭から離れない。 唇に耳の先を当てて、少しでも普段より熱く感じると 熱が高いのではないか、呼吸が荒いのではないか、 今日は少し毛艶が良くないのではないかと あれもこれも気になって仕方がない。 一番気になるのは、あんな…

火曜早朝。 ニチコさんから妻の携帯に着信。 僕はサイレントにしたまま眠っていて、着信に気付かなかった。 兄が救急車で運ばれたのですぐ病院へ向かって欲しいとの連絡。 すぐに着替えて病院へ向かう。 兄は心臓の手術を何度か受けている経緯で、時々具合が…

療法食に殆ど口を付けないし水を飲む量も少ない。 このまま様子を見ていていいのか不安になって病院へ問い合わせた。 退院して点滴を止めたので、また数値が上がっている可能性がある、との事。 義姉にお願いして病院まで乗せてもらい、 皮下輸液と猫用のポ…