16日。
この辺りでは珍しいくらいの積雪。
さらさらと降り積もって、夜には何処も綺麗に真っ白になった。
雪深い処で暮らした事など一度もないのに、
雪が降ると沢山の事を思い出す。


自分ではあまりよく憶えていないのだけれど
小さな頃から雪が降るのを見るのが大好きで、
後で必ず高い熱を出す癖に、
いつまでも外に居て飽きずに空を見上げている様な子供だったと聞いた。
風邪を引いて寝込んでいた筈なのに、
雪が降り始めたと知るとどうにも家の中でじっとしておれずに、
僕が寝床に居ない事に気付いた母が窓の外を見たら
僕はどれくらいそうやって突っ立っていたのか、
パジャマのまま庭でぽかんと口を開けて空を見上げていて、
身体が冷え切って酷く震えているのに
それでも家の中に引っ張り込むのには一苦労したらしい。
勿論その後酷い熱を出して、自分でも苦しい思いをした筈なのに、
その後も雪が降れば必ず一度は外に出て、
そうしてぽかんと空を見上げてみなければ気が済まなかった。


今でもその頃とあまり変わっていない気がする。
雪明かりで外が明るい夜は、家の中に居るのが何だか惜しくて、
外に出て降って来る雪を眺めたり、
足許に積もった雪をそうっと踏んでその感触を楽しんだりする。
特に人気の途絶えた真夜中などは、
まるで別な世界に一人だけ取り残されたみたいに静かで、
薄青く光るふかふかの絨毯の上を、
何処までも何処までも踏んで行きたくなる。


雪が降る度にそうして来たので、
雪の積もった夜に家の中にじっとしていると
何だか落ち着かなくてそわそわする。
妻の実家に初めてお邪魔した時にもそんな心持ちになって、
ちょっと散歩して来ますと言い置いて家の周りをぶらぶら歩き回った。
北海道の深い雪が物珍しくて、またもや何処までも行ってみたくなって
少々長く外に居たので、心配した義母さんが迎えに出てくれていた。
そういう子供染みたところが何時までも抜けない。


今の住まいに越して来る前は一軒家を借りていて、
矢張り雪が降ると、家の中で上着を着込んで二階の窓を開け、
チィさんとずっと外を眺めていた。
寒がりのチィさんが、何時までも窓辺で飽きずに付き合ってくれた。


その一軒家に越す前には、僕は小さな平屋で暮らしていた。
チィさんもまだ外で自由に暮らしていて、
今日みたいに珍しいくらいに雪が降り積もった朝、
窓を開けてぼうっと外を見ていたら
チィさんは身体がすっかり埋まってしまう様な雪の中を、
兎が跳ねるみたいに跳びながら窓辺に来た。
雪もチィさんも薄青くて、とても綺麗だった。
小さくて、強くて、人になど懐きそうもない顔立ちをしていた。



その時はまだ、この猫と一緒に暮らす様になるとは
少しも思っていなかった。