何処か知らない部屋で夜を明かすことになったが、
その部屋には色々なものが訪ねて来る。
皆勝手に入って来て好き勝手に過ごし、去ってゆく。
猫や小さなものたちが来るのはかまわないのだけれど、
夜も更けるととても大きなものまでが入って来て、
僕と妻を食事と判断して食おうとする。


その大きな生き物は大型の猫科の動物に似ているけれど、
体表には鱗があり、触れると鰐や爬虫類の様に冷たかった。
大きな牙と顎を持ち、首は異様に太く、
身体や頭の大きさに比べて小さな目は暗闇の中で銀色に輝き、
時折夜空の星の様にちらちらと瞬いた。
怖ろしげな風貌に反して、その目には邪悪なものが一切ない。
寧ろとても純粋で、傷つけてはならないものの様に思えた。
お腹が空いた、食えそうなものを見付けた、だから食いたい、
只それだけで、悪意や敵意等というものとは全く無縁のものだ。
だからと言って妻と二人、黙って食われる訳にもいかず、
こちらも至極全うな生存本能に従い防戦することになる。
歯をがちがち鳴らしながら突進して来るのを、
何とかねじ伏せて首に腕を回し締め上げ様とするのだけど、
両方の腕がやっと届くくらいの太い首は鋼の様な硬い筋肉に護られていて、
どんなに絞めても利いているんだかどうだかちっとも判らない。
まるで丸太か電柱に抱きついて一人相撲を取っているみたいだった。
疲れて少しでも力を緩めれば、すぐに跳ね飛ばされて、
もう二度と組み敷く事は叶わない様に思われた。
だから渾身の力を込めて必死に絞め続けた。
絞めながら、(殺したくない、傷つけたくない)という気持ちに苛まれる。
そうやって長い時間が過ぎ、硬く引き締まった筋肉に
ほんの少し弾力が戻ってきて、僅かに体温を感じるようになった頃、
その生き物は急に大人しくなって、身を投げ出す様に地面に伏せた。
僕の腕はすっかり痺れていて、もう持ち上げることすら出来なかったが、
ほんの僅かの間ぐったりと身を伏せていたそれはすぐに息を吹き返し、
本当に苦しげに咽せた後、ヒューヒューと喉を鳴らしながら
振り向きもせず、よろよろと立ち去った。


その後ろ姿にも矢張り憎める様な処を微塵も見付けられず、
食われかけて怖ろしい思いをしたばかりだというのに、
申し訳ない事をした、可哀想な事をしたという罪悪感だけが強く残った。


起きたら酷く肩が凝っていて腕が怠い。
夢の中で起きた事がそのまま身体に反映されている様で奇妙に感じる。