桐箱屋

上野にある桐箱屋へ出掛けた。
大小様々の桐箱は、どれもしっかりとした作りで、
見ていて気持ちが良い。
店の奥には親父さんが一人。
桐箱の積み上げられた棚をじっと見詰めたまま、
微動だにしない。


あれこれと物色していると、
親父さんが急にこちらへ向き直り、
「何入れるの?」と話し掛けてきた。
「指輪や蜻蛉玉や色々と細かな物を…」と答えると、
「蜻蛉玉かあ…蜻蛉…?」と言った切り、暫く考え込んで
「蜻蛉玉って…何に使うの?」と訊く。
根付にする人も居るし、首飾りにしたりする事もあると説明すると、
「ああ、根付ね…。うん、根付か。」と大きく頷いている。
手頃な大きさのを幾つか選んでいると、別な客が入って来た。
その客も、僕が手にしているのと同じ一番小さな箱に手を伸ばした。
すかさず親父さんが
「その小さなのは蜻蛉玉とか入れるのにいいよ。」
と声を掛ける。
とぼけた親父さんだ。
何だか会話に妙な「間」があって、しかもずっと真顔なものだから、
代金を払う間も可笑しくて、笑い出しそうになるのを堪えるのに苦労した。


親父さんは蜻蛉玉がどんな物なのか解っているのか、
それとも何か別な物を想像しているのか、
真顔のまま桐箱が積み上げられた棚に視線を戻すと、
店に入った時と同じ様に、何事もなかった様に押し黙った。