親不孝者

親の誕生日も忘れてしまうくらいに、
僕は親不孝者だ。


父と僕には、半ば断絶した様な時期があった。


終戦後シベリアに抑留されていた父は、帰国後に母と出会い、
死の恐怖と抑圧によって奪われた人としての尊厳や誇りを取り戻す為、
なりふり構わず死に物狂いに働いて、小さな会社を設立した。
二人の兄は父の意を汲んでその後を継ぎ、僕はそれを拒んだ。
それは父を失望させ、頑なにさせた。
僕の生き方は、あまりに父の生き方と異なり過ぎている。
「絵や彫刻など、趣味にしておけばいい」何度もそう言われた。
それは父が、明日を生き延びる事さえ困難な時代を過ごした所為もあるだろう。
しかし同じ時代を生きた絵描きや彫刻家も、何処かに必ず居た筈だ。
彼らは戦地で枯れ枝を手に取り、砂に絵を描く。
土くれを手に取り、国で待つ肉親の像を造る。
どんな時代に生まれ、どんな風に生き、何処で死んでも、
変える事が出来ないその人の本質の様な物は、きっとある。
僕には彼らの様な壮絶な覚悟も、気概もない。
それでも自分の本質を見極めたいという欲だけはある。
それが他人から見てどんなに胡乱で理解し辛いものであったとしても。


昨日は父の誕生日だった。


僕はまだ何一つ、親孝行をしていない。