僕は書生のやうな事をしながら
ある先生宅にお世話になってゐる。
そこへ奇妙な二人連れがやってきて、
入れてくれと言ふ。
生憎家人は出拂って誰もおらず、
最初は先生の客かと思ひ
失礼のないやうに対応してゐたが、
言ふ事なす事、ところどころがちぐはぐでどうにも奇妙だ。
こいつはどうもおかしいと よくよく見てみれば、
どうも人ではないやうだ。
大方狐か狸の化けたやつだらう。


二人連れは夫婦であるらしい。
男の方は教育テレビの寡默な工作おぢさんのやうな風貌で、
一見穩やかさうにも見へるが、
眞っ白な髮や、痩せて尖った頬や、時折見せる鋭い目附きが
油斷のならぬ相手である事を告げてゐた。


連れは着物のよく似合ふ、
妙に髮の黒々とした化粧の濃い中年女で、
早口の甲高い声で絶え間なく喋り續ける。
時折何を言ってゐるのか判らなかったが、
女の言葉と白粉の匂ひを嗅いでゐるうちに
前後不覺になって つい門を開け放ってしまった。


まず女の方が先に入って來て、
玄關口でまた何やら捲し立て、
男の方は後から車に乘ってやって來た。
話の端々から、盜んだ車だと知れるが
給油する智慧を持たぬゆゑ、
ガス欠になる度に乘捨てては
新しいのを調達して來たらしい。
今乘ってゐるのも
まうすぐ死ぬからどうせ棄てるのだ と言ふ。
非常に乱暴な運轉で庭先に入れやうとするから
門柱に擦りやしなひかとはらはらした。


ふと玄關の脇を見てみれば、
何か夜店のやうなものがあって、
碎いた氷に色とりどりの砂糖水をかけたフラッペや
菓子や雜貨の類を賣ってゐる。


車を降りた男が側に來て、しつこく何か買ってやると言ふ。
店番のおやぢが、レトロなパッケージのトランヂスタァラヂオを勸めた。
緑色のセルロゐドのカバーがかけられたチャチな品だったが
何故だかとても欲しくなる。
しかし僕は生憎財布を持っておらず、
だからと言って物の怪に借りは作りたくなひ。


ああ、どうしやう。
誰か家人が戻って來る迄対決は避けたいが、
どうにか誤魔化していられるだろうか。
それとも
もう正体は知れているぞ と躍り掛かって
どうにかしてしまおうか。


そう思ってちらりと樣子を伺ったら、
男と女の口が奇妙に引き攣れて
にやり、と笑った。







因みに教育テレビの寡黙な工作おぢさんはもう71歳になるらしひ。
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2005/11/14/01.html
僕も歳をとる筈だ。



旧カナ遣いへの変換はこちらがとても便利でした。
http://hp.vector.co.jp/authors/VA022533/tate/komono/Maruyaruma.html#pos