笑顔の練習

アンタも笑ったんさいホレ。

友人の個展を観に出掛けた。


行きの電車で、
向かいの席に腰掛けた女性に何となく目が行った。
少し疲れた様な、困った様な
憂い顔だったからかも知れない。


暫く電車に揺られていると、
鞄からコンパクトを取り出して
鏡を覗き込みながら、ほんの少し笑顔を作っている。


これから会う誰かの為に、
どんな笑顔で行こうか練習してるのかな。


電車に乗って来た時とは別人の様な、
優しくて感じの良い、素敵な笑顔だったので
きっと大切な人に会いに行くのだな、と思う。


お歳を召した方だったけれど、
誰かの為に笑顔の練習。
可愛らしくて素敵な光景だった。


個展を観た帰り道、立ち寄ったデパートで用を足した。
女性用のお手洗いの外に、人待ち顔の初老の男性。
待ち草臥れたのか少々険しい表情。
ぼくが用事を済ませて戻って来ても、
まだ同じ場所に座り込んでいる。
程無くして杖をついた御婦人が近付いて来た途端。
サッと立ち上がって、先程までとは打って変った優しい笑顔。
御婦人もこれまた何とも良い笑顔。
お二人とも終始無言だったけれど、
「待たせて御免なさいね。」
「ちっともかまわないよ。」
そういう会話が聞こえて来そうな笑顔のやり取り。

目尻の皺までが羨ましく思えてくるような
良い笑顔のお二人だった。