チィさんの夢を見た。
チィさんが外に出てしまって、それを必死に探し廻り、
追い縋る様な夢だった。
居なくなってしまってからもう随分時間が経ってしまったし、
もう二度と会えないかも知れない、と思い始めていた時に
障子に影が映った。
慌てて窓を開け、名を呼んだり猫缶を叩いたりして
一生懸命気を引こうとするのだけれど、
チィさんは他の外猫たちと何処かへ行こうとしている。
名を呼ぶと振り向きはするのだけれど、
なかなかこちらへは来てくれなかった。


今の住まいとは別な平屋で、チィさんは小さな庭に居た。
真っ白な日が射していて、チィさんの胸回りの飾り毛が風に靡いて
きらきらと輝いて見えた。
庭石の上にきちんと腰を下ろして振り向いたチィさんは、
まだ若々しくて、人語を解する様な気配を見せる前の、
目の色がまだ猫らしかった頃のチィさんだった。
掴む事も御する事も叶わぬ、不思議な目の色をしていた。
追えばするりと擦り抜けて姿を消してしまう。
触れたいのなら、只、待つしか出来なかった。
猫の理を人が計り知る事は出来ない。
それを思い出した。


随分長い間、静かにじっとこちらを見据えていた。
それからゆっくりと立ち上がって、静かに去った。
僕は夢の中で必死に追い縋って、何とかチィさんを抱き上げた様にも思うし、
それは叶わなかった様にも思う。


懐かしかった。
只静かに独り、そこに在る、という近寄り難い佇まい。
それがある時突然、すう と身を寄せてくれた時の気持ちを思い出した。
窓を開け放ったまま、青い月の光が差し込む窓辺で
息を殺して身動ぎもせずに、膝の上で静かに眠るのを見ていた。
そうだったな、と思う。
それがチィさんだった。