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これを初めて読んだ頃には
まだ猫と一緒に暮らす事など考えてもいなかった。
長い不摂生が祟って酷い喘息持ちだったし、
自分の健康管理さえ儘ならない者が
他の命を預るなんておこがましいとさえ思っていた。
間の悪い事に、顔馴染になった外猫がぱったり姿を見せなくなった頃で、
それまで馴れ合わない程度に保たれていると思っていた距離は
ちっとも保たれてなんかいなくて、居なくなってみれば
僅かな風の音も、ドアが軋む音も、全てが猫の鳴き声に聞こえた。
1時間置きに目が覚めて、窓の外を確認せずにいられない。
居る筈のない場所にいても、気が付くと猫を探してしまっている。
何を食べても紙か粘土を噛んでいる様に感じた。
寝ても覚めても、窓の外で小首を傾げ
か細い声で鳴く姿が頭から離れない。
- 作者: 内田百けん
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 1997/01/18
- メディア: 文庫
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書店でこの表紙を目にして、暇潰しのつもりで買い、
すぐに電車の中で読み始めた。
ページを捲っていたら、知らないうちに顔が歪んでいた。
急いで本を閉じ、降りる用のない駅で降りた。
人気のないホームのベンチに腰掛けて、
今自分に起きている事を冷静に理解しようと努力した。
まさか自分が本を読んで泣きそうになるなどと考えもしなかったので、
何処かがおかしくなってしまったのじゃないかと本気で心配になった。
内田百輭が好きだったから、手当たり次第に読んでいたのであって、
内容を知って、態々このタイミングで選んだ訳ではなかった。
何の準備も出来ていなかったのだ。
撫でたりはしなかった。話しかけたりもしなかった。
べたべた可愛がったりしなかった。
なのに居なくなってしまうと、こんな風になるのか、と思った。
懲り懲りだ。
猫も犬も、多分 人も、一緒に暮らす事は出来ないな、と思った。
チィさんと出会うまでは。