硬くて 重い

昔から交渉事が苦手だ。多少なりとも
他人を威圧しなければならない様な場合には
特に気が重い。


事を有利に運ぶ為に他人を威圧するなど、
本当は一番幼稚でくだらない行為だと思うが、
何か理不尽な事が起って、それを解決すべく動く場合には
不本意ながらそうしなければならない事が多く、
出来るだけ穏やかに、低姿勢に交渉に臨んで
どうしても納得の行く結果が得られないと、
不本意な態度を示さねばならぬ事への苛立ちから
交渉相手を酷く恫喝してしまい、後々自己嫌悪に陥るのだ。
それで自分の望む様な結果が得られたとしても、
暫くは自分が猿にでもなってしまった様な気分が拭えない。


何事も穏便に済むのが望ましい。


こういう面が父譲りでそっくりらしい事も、
何だかあまりありがたい事とは思えない。
似るならもっと別なところが似たら良かったのに。


父は尽くした礼節が軽んじられるのが我慢ならない。
穏やかな口調の後ろには、何か恐ろしい覚悟の様なものがあり、
押し殺してはいてもそれが時折顔を覗かせる。
幼い頃からそれを見て来た。
逃げ場の無い、硬く重い空気が相手を追い詰めて行くのを
息苦しく居心地の悪い想いで見ていた。
ちっともスマートなやり方じゃない。
もっと巧いやり方がある筈だ。
全然好みじゃない。
柔らかで軽やかなのがいい。


そう思っていたのに。


ある時母に言われてハッとした。
理不尽な立場に立たされた時、
僕は「顔つきも、口調までお父さんにそっくり」だそうだ。


本当に「血は争えぬ」なら、
もっと別なところを譲り受けたかった。





交渉相手にして一番恐いのは、
礼儀正しく穏やかに話す人、
必要以上に低姿勢に接する人だ。


事ある毎に、それを思い出す。