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朝になって、ちょっとした悪戯のつもりで
mutonさんが眠っている部屋へチィさんを入れた。
チィさんは布団の上に乗って喉を鳴らし、
mutonさんが布団を捲ってやると中に入り、
そのままじっとしていたそうだ。
僕の布団には滅多に入らない。


不思議なもので、初対面やそれに近い人にでも、チィさんは
まるで懐かしい昔馴染みと会ったみたいに接する事がある。
かと言って人懐こいかというと、全く違う。
何度訪ねて可愛がってくれても、少しも懐かない事もある。
懐く、という言葉がまるでピンと来ない猫なのだ。
だからチィさんが普段と少しも変わらず客を受け入れ、
或いは自分から挨拶に行くのを目にすると、僕はその都度驚いてしまう。
奥さんが初めて家に来た時もそうだった。
チィさんはまったくいつも通りで、
愛想を振りまくでもなく、かと言って隠れてしまうのでもなく、
奥さんの隣で泰然自若として眠りこけ、
大きな欠伸をしてソファーから飛び降りると、
彼女の足許にほんの少し額を擦りつけて挨拶をし、
また元のソファーに陣取ってゆったりとこちらを見ていた。
無愛想で、僕の留守中に何度も世話になった相手にでも、
気紛れにそそくさと隠れてしまうのを何度も目にして来たから、
まるで旧知の間柄の様に振る舞うチィさんを見て、
僕はこれは何事かと目を瞠った。
そんな事はこれまで一度もなかったからだ。


今ではすっかりチィさんの眠る場所は奥さんの枕の横と決まっている。
猫は一体何処で、一目見た瞬間に「これは我が友」と決めつけるのだろう。
まるでその人が訪ねて来るずっと以前から、
出会う前からそう決まっていたかの様に
ごく自然に甘えたり寄り添うのを見ると、
僕は何度でも驚き、この訳知り顔の不思議な猫は一体何者なんだろう、
と考え込んでしまう。


おそらく何か、猫の判断基準には人の目には見えぬものがあるのだろう。
それは時として、共に過ごす時間やあらゆる条件を越えて、
有無を言わさぬ絶対的な意志を持って決定づけられる。
チィさんを見ているとそうとしか思えない。
この無愛想で頑固な猫の下す決断は
時として不可解で理不尽極まりないものだが、
彼らの理には適ったものなのだろう。
滅多に愛想良くしてもらえない僕は、その意志に従う他ない。




ちょっとした悪戯は功を奏して、客人は良い目覚めを迎えた様だ。
近所の喫茶店でモーニングを食べ、駅へと向かう。
旧い建造物を見るのが好きだと聞いていたので
明治村へ案内したのだけれど、移築された建物は、
資料としてはとても興味深いのだけれど、何か空々しくて、物足りない。
時代の流れと共にその用途が変わり、
当時の面影が多少薄れてしまったとしても、
元の場所で使われ続けている建物は、「生きている」感じがする。
移築され、手厚い保護を受け、当時のままの姿で保たれているのよりもずっと。


とは言うものの、テーマパーク化してしまっているとは言え、
歴史的価値を持つ建造物を当時のままの姿で目にする事が出来る経験は
貴重な事ではあるし、充分楽しむ事も出来た。
色々と贅沢な文句は言ったけれど。


それにしても昨日と言い今日と言い、ちっとも市内を案内していない。
生まれ育った街だけれど、離れてからの方が長くて、
あまりにも地元の事を知らなさ過ぎる。
もう少し色々と楽しい処に御案内出来たら良いのだけれど。
mutonさん、これに凝りずにまた遊びにいらして下さい。