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書き残しておくのも憚られる様な夢を、これまで幾度か見た。
そのどれもが陰惨で恐ろしく、自分の精神状態が不安になる様なものだ。
今日見た夢もその部類だった。
特に思い悩んでいる様な事もなく、思い当たる節は何もない。
書いておこうと思ったのは、夢の中での性別が違っていたからだ。
記憶にある限りでは、性別が変わった夢を見たのはこれが初めてだと思う。






小柄でとても地味な服装の女性。
濃い灰色の暖かそうなカーディガンを羽織って
丈の長いスカートを穿いている。
髪は後ろで纏めてお団子にしてある。
目立つ様なところは一切なかったが、
その小柄な体躯に似合わず、下腹が大きくせり出していて、
臨月である事を伺わせる。


日が暮れかけた街を足早に歩いている。
すぐに息切れして苦しく、背中に汗が滲んで不快。
早く家に帰りたかった。


二人組の人相の悪い男たちに追われている。
一人は見上げる様な大男で一言も話さない。
もう一人の年嵩の男は小柄で、
どういう経緯だか、自分たちの金か何か、大切な物を僕に
(僕、という表記はここではおかしいだろうか)
奪われたと思っているらしかった。
それを取り戻そうと執拗に追って来る。
必死に逃げて、苦労して歩道橋を渡り、
巻いたと思って道路の反対側を見ると
ゆっくりと並走する様にして付いて来ている。
何度かバスを乗り継いで、漸く家の側まで辿り着いた。
何処まで逃げても必ず捕まえる、という様な捨て台詞を浴びせられたが、
バスの中に男たちの姿はない。
バスを降りて歩き出したが、辺りはもうすっかり暗くなって
いつ何処からあの二人組が現れるかと思うと不安で恐ろしく、
家に着いてドアに鍵を掛けるまで息がつけない。


家のすぐ側まで来て、細い路地裏に入る。
街灯もなく、暗い道には人影も見当たらない。
ふいに後ろから声を掛けられた。
「大丈夫ですか?」とか何か。若い女性の声だった。
何度も後ろを確認して誰も付いて来ていないと思っていたから、
飛び上がるくらいに驚いた。
「え」と振り向く間もなく乱暴に肩を掴まれ、身体を壁に押し付けられた。
女がバッグから刃物を取り出すのが見えた。
刃渡りの長い肉切り包丁が、月明かりを受けて暗い輝きを放っている。
後ろからもう一人、女性が歩いて来るのが見える。
助けを求めようと思ったが、包丁を突きつけている女がそちらを見て
早く来いと合図を送った。




次の瞬間、女の腕を捻り上げて包丁を女の首に突き立てていた。
女は驚いた様に目を見開いて、口をぱくぱく動かしている。
脅しのつもりだったのかも知れない。
本当に刺すつもりはなかったのかも知れない。
大きく見開かれた目を見てそう思ったが、
女が包丁をこちらの腹に向けている事を知った時、
どんなに手で庇ってみても、この刃渡りの長い包丁から
大きなお腹を守る事は出来ないと悟った。
脅しかどうかなど、もうどうでも良かった。
人に刃物を向けるという事がどういう事だか、
何の覚悟も出来ていないのなら、それを知らねばならない。


もう一人の女の足が止まる。
家を知られてしまった以上、もう逃がす訳にはいかなかった。
どうしてそっとしておいてくれなかったかと
恨めしい気持ちになる。
包丁を女の首から引き抜いて逃げ出した女の後を置いながら、
もう元の暮らしには戻れない事を覚悟する。





思い当たる節が何もない。
性別が変わっていたというだけでも驚きだったが、
身重だったという事で更に妙な感じがした。
それにしても不安で絶望的で救いがない。
たかが夢とはいえ、こうまで陰惨な夢は、
矢張りそれも自分の一部なのだろうから、
人に話したり人目に触れるところに書いたりはし辛いものだ。
もっと明るくて罪のない夢が見たい。
夢くらいは。