もう随分前に見た夢


大きな歩幅で、動作はとてもゆったりしたものだったけれど
僕はかなりのスピードで疾走している。
頬に当たる風が冷たく心地好い。
足許に見える奇妙な地面は、雨が上がったばかりの様に濡れている。
長い歳月を掛け波に洗われて滑らかになった様な白い岩盤の上に
巨大な気泡が水面で弾けずにそのまま時を止めて固まったかの様な
大きな丸い突起がいくつもあり、その上にこれも白く細かな砂が被っていて
いかにも滑りそうに見えるのに、靴底に伝わってくる感触は見た目とは違い
ふわふわと柔らかで、僕はそれがとても不気味で不安に思う。
もうずっと走り続けているのに息切れもしない。


目で見て判断した事と触れてみて解る事実には時折大きな差異があり、
僕はその差異が大きければ大きい程、不安になり混乱し苛立ちを覚える。
本当は何も見れていないのじゃないか
正しい判断を下せていないのじゃないか
信ずるに値する目を持っていないのじゃないかと
暗澹たる気持ちに落ちて行く。
節穴の様な役立たずの目を持つものは、
それを自覚する事が出来るだろうか。
最も疑わしいのは常に自分自身だ。


寄る辺なき者たちが、ぶよぶよとした白く曖昧な地表を
緩慢な足取りで何時迄も何時迄も走り続ける。
すぐ傍にいながら、けして互いの存在を知る事はない。
それぞれが何処迄も孤独な、終わりのない疾走を続けている。
息が切れないのは、疲れを感じないのは
それを感じる身体をもう持たぬからだ。
誰もそれに気付いている者はいない。
それは行く当てのない者たちの
白く曖昧な、そして終わりのない煉獄だった。