まだ誰にでも、という訳ではないが、チィさんが思い切り甘える様になった。
何年か前迄は想像も出来なかった様な緩み切った姿で、
全ての体重を預けて甘えている。
それは僕が目にするのを、もう半ば諦めかけていた姿で、
元々他の兄弟たちよりも明らかに用心深く臆病な性質で
その上外で暮すうちに何度か恐ろしい目に遭って、
仔猫のうちからすっかり用心深く気難しくなったチィさんは、
僕と暮す様になってからも周囲と一定の距離を置く様なところがあって、
時折甘えた仕草を見せはしても、ふと我に返って身体を離す事が多く、
普段からべったりと身を預けたままにする、という事は本当に稀だった。


この小さな身体に刻み込まれた懼れや不信感は、
どんな風に接しても、いくら時間が経過しても、
もう完全に拭い去る事は出来ないのだろうと、そう思っていた。
取り出せずに肉に埋もれてしまった棘の様に、
時折思い出した様に痛んでは小さな身体を責め苛む。
そう思い込んでいた。


それが最近では徐々に影を潜め、
チィさんをチィさんたらしめていたシニカルな態度は薄らいで、
あら、チィさんも猫だったんだね、と思い出させる様な、
そんな素直な仕草を見せる事も多くなった。
多少は複雑な思いもあるが、この顔を見ればそんなものは何処かへ消し飛んでしまう。



十数年を経て、僕の掌だけでは成し得なかった事を
いとも容易く成し遂げてしまう不思議な手の持ち主を、
チィさんは新しい友として得た。


チィさんが見せる緩み切って甘えた顔を見ながら、
この頑固で意固地な猫に出来るのなら、まだ自分も変われる、とそう思う。





去年の今頃は色々な事が重なって
打ちのめされて散々だった事を思い出す。
酷く疲れていたし、否応なく考えを改めねばならなかった。
それが長く尾をひいて、どうにも煮え切らない夏の幕開けになってしまった。
今年はまるで違う夏を迎えられそうな気がしている。