泊めて頂いたお家は、作家のいしいしんじさんの
米国での翻訳者である、ボニーさんのお家。
とても不思議な魅力に溢れた方で、
ボニーさんの周りには、いつも何かしら不思議なことや
素敵なことが巻き起こっている気がする。
身の回りに物語を紡ぎ出してしまう才能に恵まれているのかも知れない。
不思議、と思う理由は他にも幾つかあって、
ボニーさんとお会いしたのは、これまでたった一度しかない。
それなのに、「うちに泊まってもいいよ、おいでおいでー」
と言って下さり、人見知りで、普段なら親しくなるのに
とても長い時間を要する僕の様に少々面倒な人間でも、
抵抗なく無遠慮に押し掛けてしまうくらいの
何とも言葉にし難い引力の様なものを持っている。


ボニーさんは三年前、出産には命の危険を伴うハンデを抱えながら、
それをものともせず立ち向かい、見事に元気な女の子を産んだ。
ルルちゃんと名付けられたそのお嬢さんは、
それまでのボニーさんの暮らしを一変させただろうと思う。
夫婦と猫一匹の静かな暮らしは、小さな可愛らしい、
そして何ものにも代え難く掛け替えのない小さな怪獣の出現によって、
慌ただしくも、更に素晴らしい、幸せな暮らしへと移り変わった。
それまでの静かな暮らしの中心に位置したであろう一匹の猫は、
老齢の猫だけが身に備える賢さと寛容さでもって、
適度な距離を保ちつつ、新たな家族を受け入れ、
優しく見守っている様に見える。
何よりもそれを強く感じたのは、
僕たちと入れ違いに日本に発ったボニーさんとルルちゃんの帰りを、
静かにドアの前に立って待ち続ける後ろ姿を見た時だった。
チィさんがそうだった様に、ディジーも家族の帰りを待つ。
そして帰って来れば、きっと何事もなかったかの様に
いつも通りに振る舞うのだろう。
一晩中でも、何日待ち続けた後でも、
きっといつも通り、おかえり、と一声鳴くか、
素っ気なく毛繕いをして見せるのだろう。



お家にお邪魔してすぐに、ルルちゃんは
「あたし、チィさんすきー!」と言ってくれ、
「チィさんはどこにいるの?」と訊ね、
答えに窮する僕たちに助け船を出してくれたボニーさんの
「チィさんは今はおやすみしてるよ」を受けて
「チィさん、お空のどこかに隠れてるのかも知れないよ?」と言った。


不意を突かれて、思わず泣き出しそうになる。
ああ、これは敵わないな、と思う。
出会って数秒でルルちゃんの従者になった。
傅いて忠誠を誓いたくなる様な気持ち。
天使みたいに可愛らしい。
さも重大な秘密を打ち明けるみたいに、
「あたし、片足で立てるよ…」と小声で言い、
そのポーズを披露してくれる。
日本のおばけが大好きで、片足で立って見せるのは
カラカサおばけのポーズなのだそうだ。
ボニーさんに妖怪の画像検索をせがんでは、
「こわいー!」と本当に嬉しそうに笑う。



「おばけのお友達をいっぱい呼んでおくから、
うちにも遊びに来てね」と、再会を約束した。
ルルちゃんとディジーさん、それから勿論ボニーさんのお陰で、
本当に楽しい旅になった。
心から、どうもありがとう。