奥さんの仕事休みがたまたま大須の骨董市の日と重なった。
奥さんは折角だしと早めに起き出して着物を着込んだ。
まだ何かと手間取るらしく、出掛ける頃にはすっかり昼になった。
大須に着いて骨董市をぶらぶら眺め、奥さんは半襟を、
僕は鱧を捌く為に使うらしい包丁を買った。
白鞘に収められていて、見た目は少々物騒な感じがする。
大須観音を抜けてすぐの団子屋に入って休憩。
箸袋に籤がついていて、大吉が出ると団子をもう一本貰えるという。
珍しく籤運の悪い僕の方に大吉が出た。
テーブルに用意されている小さな札に願い事など書いて、
店の中の好きな場所に貼って行って良いというので、
「目玉団子 三百円」等と書いて壁に貼り、
勝手に店のメニューをもう一品増やしておいた。


店を出て商店街をぶらぶらしていたら、
小さな神社の脇を通り抜ける時、
奥さんが小さな声で「賽銭泥棒…」と言うので、
神社の中を見たら、痩せた男が賽銭箱を覗き込んで何かしている。
神社の入り口に奥さんを待たせ、足音を忍ばせて男のすぐ後ろまで近寄って
手許を覗き込んでみたら、細い棒の先にガムか何かを巻き付けて、
必死に賽銭箱の中を掻き回している。
男は後ろから覗き込む僕に気付いて慌てて棒を抜き、
薄手の草臥れたジャンパーを羽織った痩せた背中を丸めて
ばつが悪そうに離れて行った。
最初から咎める気などなかった。
目が合ったら、「釣れますか」とでも声を掛けてみるつもりでいた。
よく冷える日だった。
棒の先につけたガムはすぐに冷えて硬くなってしまうだろうから
小銭を絡め取るのは難しいだろうし、
あの小さな賽銭箱の中に、札はそう入っていないだろう。


夜道で誰彼構わず連れ去って殺して首を刎ねたりする様な
酸鼻を極める様な出来事ばかりが目に入って来ると、
小さな神社で小銭を掠め取ろうとする様な些末な悪事は、
勿論悪い事には違いないが、何処か牧歌的な感じさえする。
神仏の類があるのならそれ相応の罰が当たるのだろうし、
あの寂しげな痩せた背中を見たら、突如として正義感に燃え
男を捕まえて警察に突き出す様な気持ちには、どうしてもならなかった。


ふと横を見ると、小さな神社の“招き稲荷”は、いつも通り、
僕にはにやりと笑みを浮かべている様に見えた。