披露宴当日。
朝に友人から連絡があり、
乾杯の音頭を取ってくれるという。
ありがたい。
遠方から来てくれる友人をこの上更に煩わせたくなくて
強く頼めずにいたが、音頭を取って貰うなら
この人を置いて他はない、と考えていた。
窮状は話してあったので、
いよいよ自分ですると覚悟を決めたのを知って、
そんな話は聞いたことがない、と
気の毒がって申し出てくれたのだった。


友人が乾杯の音頭を引き受けてくれたお陰で
随分と気持ちが楽になった。
急遽挨拶文の手直しをして、忘れ物がないか何度も確認をし、
普段は覗きもしない鏡を何度も覗いて髪を撫で付け、
荷物を抱えてタクシーで会場に向かった。
朝から普段しない様な事ばかりしているので
どうもおかしな具合だけれど、まだ然程緊張はしていない。


会が始まって、列席して下さった事への御礼を述べ、
友人が乾杯の音頭を取った。
「この場に居合わせる事が出来て、本当に嬉しく思っている」
という一言が、何より胸に堪えた。
これまで不義理な事ばかりして来て、
よくぞこの日にこれだけの人が集まってくれたものだと思う。
誰しもが心からの祝福を与えてくれ、
この日を支えようとしてくれている。
僕はいつも自分を、こうした晴れやかな場に似付かわしくない、
相応しくないと何処かで感じていて、
出来るだけひっそりと気配を殺して
静かに遣り過ごすのが常だったけれど、
今日は主役の一人としてその場に居なくてはならない。
内心、どうなる事かと考えていた。


会が進むにつれてその思いは募り、
これまで生きて来て手にしたものの中で最も重要な部分が、
今目の前に全て揃っているという様な気さえした。
謝辞を述べる段になって感極まった様に声が震えたのは、
一人一人の顔を思い描いて感謝の念に堪えなかったからだ。


会にはごく親しい一部の友人と、親族のみをお招きした。
とても小ぢんまりとした会食だったけれど、
あの場に居合わす事が出来て一番嬉しかったのは
紛れもなく僕自身だったのではないか、と思う。
会を開いた主催者がそんな風に感じるのは
少し奇妙な事なのかも知れないけれど。




真っ直ぐな言葉で乾杯の音頭を取ってくれた友人。
受付や撮影、余興をかって出てくれた友人達。
今日の日を迎える為に御尽力下さった互いの両親、親族達。
その一人一人の顔を思い描きながら、
声を震わす事なく謝辞を述べる事は
想像以上に難しい事だった。