恐いっ

朝になるのを待って病院へ予約の電話を入れる。
休み明けの所為かとても混んでいて、
六時以降でもどれくらい待つ事になるか解らないと言われる。
それでも薬が必要だったから予約をした。


約束の時間より少し早目に行ってみると、聞いた通り待合室は満員で、
長椅子の端に小さくなって座るのがやっとだった。
診療時間の終わる六時以降になっても患者が続々とやって来る。
小さな男の子が母親に抱かれて入って来るなり、
「ばいばい…ばいばい!ばいばいするぅ〜〜!!」と泣き叫んで
母親の手を振りほどき出入り口に駆け出そうともがく。
僕も病院嫌いで親を散々手子摺らせたクチだから、
きっとあんな風だったんだろうなと思って眺めていたら、
男の子が振り向いてこちらを見た。
熱の所為か顔を真っ赤にして
目には今にもまた零れ落ちそうなくらい
大粒の涙がいっぱい溜って光っている。
僕もばいばいして帰りたくなる。
病院嫌いは今もあまり変わりがない。


待ち時間は長かったが診察は呆れるくらい早かった。
診察室に入るなり、まだドアも閉め切らないうちに
医師が小型のライトで口の中を照らして覗き込もうと迫って来る。
「あーーー(と発声して下さいという意味だろう)
はい、喉が腫れてますねえ」
まだこちらが椅子に腰掛けもしないうちから聴診器を構えて待っている。
回転椅子に座るやいなや後ろ向きにされて背中に聴診器を当てられる。
「はい、結構です、お薬を出しますからお大事に」
椅子に座っていたのは三十秒もなかったろう。


薬さえ手に入ればいいのだから手早く済むのはありがたいが、
何だか妙なシステムだなと思わなくもない。
あの場に医師がいる必要性をあまり感じないからだろう。
あれは診療ではなく、只単に薬を処方する為の手続きに過ぎない。
医師に顔を見せた、という只それだけの事だ。
三十秒で患者の状態を把握するなど、どんな名医にだって不可能だろう。
しかしそうでもしなければ、あの患者の数をこなす事は出来ないのだろう。
薬をもらって僕が帰る頃になっても患者はまだまだやって来る。


泣き叫んでいた男の子は診察があまりに呆気なく済んだものだから
きょとんとした顔で診察室から出て来た。
「ほらね〜?ちっとも恐くなかったでしょうー」
男の子はまだ母親が言い終わらないうちに「恐いっ!」と即答した。