硝子と会話
二つの夢を見た。
一つ目の夢。
屋上に硝子張りの温室がある、古びた三階建ての家で暮らしている。
知り合ってまだ間もない女性が訊ねて来て、その温室の中で会話をしている。
互いの事をまだよくは知らないが、会話の内容は大変興味深く、とても楽しい。
女性は切れ長な目の上で長い髪を真っ直ぐに切り揃えた長身な人で、感じている事をあまり顔に出さないタイプらしいので、表情からは気持ちを読み取りづらい。
出来ればこの人ともっと親しくなりたいな、と考えながら、バランスゲームのように互いの様子を見つつ、慎重に会話を進めて少しづつ距離を縮めて行く。
階下にはそこで共同生活をしているらしき友人が二人(女性と男性だったと思う)居て、僕達の様子に気付いて邪魔をしないように気遣いつつ、時々クスクス笑い合ったりしながら見守っている。
それが何だか少し照れくさい。
午後の日差しは柔らかで硝子張りの温室はとても暖かく、ゆっくりとした穏やかな時間が流れている。
二つ目の夢。
何処か異国の街。
初老に差し掛かったくらいのふくよかな中年女性と小さな女の子が、その女性の家の玄関先にある階段に腰掛けて話をしている。
二人は親子ではなく、それほど親しくもない。
二人とも小声で静かに、ゆっくりと話す。
暫く会話をした後、女性が花柄のワンピースのポケットから、丁度掌に収まるくらいのレンズ状の硝子のおはじきかコインのような物を取り出す。
表面には何か見た事のない文字のようなものが刻まれている。
それを女の子の掌に乗せ、自分の手を重ねて呪文らしきものを詠唱する。
それまで何処か具合の悪いところでもあるのか少し元気のなかった女の子が顔を輝かせ、声を弾ませて「おばちゃんはすごいね、本当に魔法が使えるんだね!」と言う。
女性は、誰にでもしてあげられるわけじゃないし、望んだ時にいつでも出来るというものでもない。
硝子のコインにも呪文にも本当は意味などなく、その力を発動させやすくする為のスイッチとして利用しているに過ぎない。
誰かの痛みを取り除けば一旦その痛みは自分のものとなり、硝子のレンズを通してそのダメージを逃がしているのだ、と話す。
それでもあまりに大きな痛みは逃し切れずに自分の中に残ってしまうし、そもそも波長の合う相手でなければ何の効果も表さない。
だから魔法というのとは違うよ、と。
女の子にも似たような力があるが、それは母親から受け継いだもので、その母親は何の道具も使わずに人を癒やす事が出来たが、それを知った人達が詰めかけて断り切れず、段々に疲弊して、しまいには亡くなってしまった、という身の上話を哀しそうに聞く女性。
母親に「あなたは絶対に同じ事をしないで」と言われたから、女の子は自らの力を封印して誰にも知られないようにしているのだ、と話す。
女性が女の子の髪をそっと撫でる。
と、そこで「朝だよ〜」と下の子の甲高い声。
夢の大半は消え去ってしまった。
僕にしては珍しいタイプの夢なので書き留める。
二つの夢に共通するキーワードは「硝子」「親しくない者同士の会話」「静かで穏やかな雰囲気」。
何か意味を読み取れそうな気もしなくもないが…。
私事で悲しい出来事があり、それが少々骨身に堪えた。
癒やされたい、という無意識の現れか、とも思う。