父の骨
父の葬儀、何とか滞りなく。
母の時と同じ葬儀場、火葬場。
そして母の時と全く同じく、厳かな気持ちで臨んだのに、火葬場のトイレにて社会の窓が全開であった事に気付く。
母の時とあんまり同じシチュエーションなので、気付いた瞬間、驚きのあまり妙な声が漏れた。
何人の参列者の方が気付いたろう…。
気付いたとしてもこれは指摘し辛いよな…。
念の為に言っておくが、普段はこんな事、全くない。
わりとそういう隙のない方、だと思う。
平静なつもりでいても、矢張り動揺している、という事なのだろうか。
霊柩車に棺を収めて火葬場へ向かう際、離れずぴったり着いて行かねば、と思った妻は緊張の面持ちでハンドルを握っている。
それから後部シートに座る長男のシートベルトを締め忘れている事に気付いた。
空の骨壷を胸に抱いた僕の代わりに、妻が後ろへ身を乗り出す。
その途端、車がゆるゆると前進し始めた。
ギアはドライブに、サイドブレーキは解除したところだった。
まだ出発していない霊柩車にぶつける数センチ手前で、危うくブレーキを踏む。
既の所で、後々まで我が家に語り継がれるレジェンドを打ち立てるところだった。
もしあのままぶつけていたら、流石の父も驚いて棺から起き上がって来そうな気がする。
矢っ張り二人とも、少し動揺しているのかも知れない。
焼き上がった父の骨は真っ白で、まるで骨格標本みたいに完全な形を保っていた。
笑い出したくなるくらいに頑丈そうな、鬼の棍棒みたいなぶっとい大腿骨。
角でも生やしたら様になりそうな大きな頭蓋骨。
幾つもの拳骨が重なったみたいな厳つい背骨。
まるで鬼の骨だ。
格好良い。
親の遺骨を見た感想としては、少々おかしいかも知れないけれど、本当に格好良かった。
写真に収めておきたいくらいだったけれど、不謹慎に思われそうで流石に言い出せなかった。
ああ、やっぱり格好良い人だったんだ。
そう思った。
心からそう思えた事が嬉しかった。
病に弱った自分の姿じゃなく、この姿を憶えててくれ、と、そう言われた気がした。
大きくて強かった父。
鬼みたいに何も恐れなかった父。
真っ白な骨を見た時、その姿を思い出した。
きっとめそめそ見送って欲しくなどないだろうから、泣かない。
強かったあなたを、ずっとずっと、憶えている。