少し前に、車を買った。
兄が、知り合いの中古車屋に驚くほど安い車がある、と教えてくれたのがきっかけで、
もう車を見もせずに、その場で買う事を決めてしまった。
兄は車を使う商売をしている。
その兄が、確かに古いが、まだ暫くは大きな問題なく使えそうだ、
と言うので、その言葉を信用する事にしたのだ。
勿論安いのにはそれなりに理由があって、走行距離がかなりのものである事、
とても古いタイプの軽自動車である事、等。


車を手に入れたものの、僕は車の免許を持っていない。
何となく機を逃した、というのと、僕を知る幾人かの人から
「長生きしたいならお前は免許を取るな」と言われてもいた。
元々あまり気の長い質ではない、というのと、
「恐がらない者は運転に向かない」のだそうだ。
妙に神経質で慎重な部分と、極端にそうではない部分とが混在していて、
自分でもあまりそうした事に向いていないのかも知れない、とは思う。
今となっては、持病の症状が時々視界に影響を及ぼすこともあって、
免許を持っていなくて幸いだった。
あれば利便性に負けて矢張り使ってしまうだろうから。


それでも子が二人になり、ちょっとした移動も時には困難で、
車があればな、と思う機会も増えた。
そこで、ペーパードライバー歴数年の妻が、
この数日、恐る恐る慣らし運転期間中である。
僕の、スピードを恐がらない気質は、確かに運転には不向きだろうけど、
同乗者としては、多分それほど悪くない。
あれこれ煩く口出しして隣の席で怯えられたのでは、
不慣れな運転が余計に困難になるだろう。
多少危なっかしくても、隣で呑気に「大丈夫大丈夫。」と言ってさえいれば、
少しも役には立たないけれど、きっとさして邪魔にもならないだろう。
運転者に命を預けて一蓮托生、二人の子が後部座席に居るから
言わずとも妻は勿論これ以上ないというくらい慎重を心掛けているし、
空いている時間帯を見計らい、広い道を選び、
取り敢えずは授乳室完備でおむつ替えに困らない、
市内の巨大ショッピングモールを手当たり次第に梯子して練習中。
閉店間際の人気のない駐車場で車庫入れの練習をさせてもらったり。


長男は車が大好きなので、あんなに静かで良い子にしているのは
車の中だけじゃないか、というくらい静かに乗っている。
次男くんはまだチャイルドシートに慣れなくて、
一旦御機嫌を損ねると車を降りるまで大声で泣き続けるので、
先日は、横で一生懸命宥めようとしてくれていたお兄ちゃんもとうとう困り果て、
しまいには自分も負けじと大声で泣き始めて車の中が大騒動になった。
何とかしてやりたいのは山々なれど、助手席からはどうしようもなくて、
それまで健気に頑張っていたお兄ちゃんが弟の迫力に負けて泣き出したのが、
笑っては悪いけれども本当にその様子が可笑しくて愛しくて、
僕は隣の席で我慢し切れずに盛大に笑い出すし、
妻は早く帰って子供達を落ち着かせたいと気が焦るしで、
そうだ、音で何とか気を紛らわせないかと点けたラジオからは
陽気なラテン系の曲が流れ出し、大音量に驚いて一瞬泣き止んだ兄弟が
すぐにラテンのリズムに合わせるかのように泣き声を叫びに昇華させて、
さながら地獄のドライブの様相を呈した。


毎度こうでは流石に笑い事じゃないので、早々に何か対策を講じたい。