子を風呂に入れて、結局いつも水浸しになるから
自分も手早くシャワーを浴びて、というのが日課になった。


目を閉じて頭の天辺から熱い湯を浴びる。
先程迄の喧噪が消えて水音だけになった瞬間、ふと、
結婚し子が出来て家族を持ったというのは全て夢で、
浴室から出るとそこには誰も居ず、家の中は静まりかえっているのではないか、
と思う事がある。
ああ、なんだ やっぱり気の迷いだったのか、そう思ってテーブルにつく。
一人で食事を始めるが、口にしているのが肉なのか野菜なのか、
甘いのかしょっぱいのか、さっぱり解らない。
ぱさぱさと乾いたものを黙々と食んで呑み下し、
薄暗いキッチンの奥を眺めているうちに、
ぐにゃりと視界が歪んでそこいら中のものが崩れ落ちてくる。


そこまで考えて湯を止め、ゆっくりとバスルームを出る。
家の中は薄暗く、静まりかえっている。
物音をたてないよう、ゆっくりと寝室の扉を開ける。


添い寝されてすぐに寝入った我が子と、
添い寝をしながらいつも一緒に寝てしまう妻が、静かな寝息をたてている。


何処かに、バスルームを出て寝室の扉を開けたら、
やっぱりそこには寝息をたてている息子も妻も居なくて、
真っ暗な洞のようになった部屋の奥を見つめながら
立ち尽くしている僕が居るような気がする。
もしかしたらそちらの世界が現実で、何かの弾みでいつか僕も
そちらの世界に還る時が来るのじゃないか、そんな風に思ってみたりする。
薄暗い部屋で、味のない砂のような食事をして、
それを寂しいとも不満だとも思わない、何かを得る為には何かを捨てなければ、
と訳知り顔を決め込んですました顔でいる。
自分の顔が粘土のように崩れていって、目のあった場所には
暗い二つの穴が洞のようにぽっかりと口を開けて、
今にもそこに飲み込まれそうになる。


子が寝静まると静か過ぎて、起きている時の慌ただしさや賑やかさと比べると
あまりにも別な世界にぽつんと取り残されたようで、感覚の乖離を感じる。
それで時々、そんなことを思うのだろう。


元気で、どんどん大きく、重くなる。
驚くくらいの速さで大きくなり、此方はと言えば、色々なことに追いつけないでいる。
嬉しい悲鳴というやつだから、ちっともかまわないのだけれど。