鋳造と仕上げの依頼を済ませた帰りに、丸善へ寄った。
平積みされていた荒木経惟の写真集、「チロ愛死」を何となく手に取る。
表紙のチロの表情に惹かれたのかも知れない。
年老いて痩せた身体で横たわり、真っ黒な瞳で虚ろにこちらを見上げるチロに、
このところのチィさんの表情にも似通ったものを感じたからかも知れない。


日常の風景に混じって、チロが食事をする様子や、
撮影者に抱かれて安らいだ表情を見せている写真が織り込まれている。
少しずつ痩せて行き、横たわったままになり、
それでも尚撮影者を見詰め返そうとするチロのその姿を、
カメラはそのままに写し出して行く。
吸水シートの上に横たわり、おそらくはもう立ち上がる事さえままならないチロ。
針金細工の様に細くなって、目を閉じたまま動かなくなってしまったチロを、
カメラは最期の刻まで追い続ける。


ページを繰るうちに、唐突に喉の奥にしこりが生じた様になって、
自分が泣き出しそうなのだと気付いた。

可哀想だとか、痛々しいだとか、そんな風には少しも思わなかった。
チロの安らいだ表情は、最期のその時まで、唯々、愛しい。
骨になってさえ。
モノクロの写真を通して、撮影者のその揺るぎない目線が
嫌というほどはっきりと伝わって来て、
それが僕の中の何処かを突き刺した。


灰になってさえ、愛しい。
だからきっと、「愛死」なのだろう。
良い写真集だけれど、今はまだ、手許には置けないな、と思った。
チロの最期を看取ってからのページには、
唯々、空を撮った写真だけが並んでいる。
日が沈み、星が出て、また日が昇る。


死と向き合う。
死を受け入れる。
遅かれ早かれ、それが必要になる。
目を背ける事も、逃げ出す事も出来ない。


食が細くなって痩せたチィさんは、
一日の大半を横になって過ごす様になった。
静かに僕や妻の傍に来て、さあ撫でろと言わんばかりに腹を見せ、
手を伸ばせば満足げに喉を鳴らす。


ゆっくりと、ゆるやかに死が近付いて来る。
出来る限り遠回りして、そっと、優しく、
そうして奪う時には素早く、静かで穏やかな死を与えてくれ。
僕の愛しい者たち全てにそうであってくれ。
その引き替えに、自分はどんな惨たらしい死でも受け入れよう。


羽根の様に軽くなった身体を抱きながら、
いつもそう願っている。










 


チロ愛死

チロ愛死