夜も随分更けてから、コインランドリーへ行った。
洗濯が終わるのを待つ間、近所のドラッグストアで買い物を済ませ、
乾燥機を使う為にまたランドリーへと戻る。
こんな面倒な事を、学生の頃は毎週の様にしていたのかと思うと
何だか不思議な気持ちになる。


ランドリーの中は乾燥機から排出される湿った熱風で
じっとりと蒸し暑く、洗剤や柔軟材の匂いが鼻を突く。
僕は空いた椅子に腰掛け、読みかけの文庫本を取り出して開いた。


何人か先客があって、皆草臥れた顔をして俯いている中で、
乾燥機の前に立っている男だけは違っていた。
乾燥機の前を行ったり来たり、ひっきりなしに歩き回っては
時々立ち止まり、指折り数えて何かを小声で呟いている。
100円で10分稼動する乾燥機の残り時間は
きっかり30分と表示されている。
この男は30分の間、ずっとこうして歩き回って
残りの時間を数えるのだろうか。


本を読むのは諦めた。


小学生の頃、動物園の写生大会で狼を描いた。
痩せこけて肋が浮いた、歳とった狼だった。
狭い檻の中をひっきりなしに歩き回って、
時々こちらに不安げな視線を投げ掛けてくる。


どうしてどうしてどうして。
狼はずっと考えている様だった。
どうしてここに居るんだろう。
俺は何をしてるんだろう。
俺は何なんだろう。


僕は泣き出しそうになりながら、狼を描いた。




きっかり15分経ったところで男は乾燥機の蓋を開け、
中の洗濯物を手早く掻き混ぜるともう一度蓋を閉め、
再度乾燥機が回り始めたのを確認して、また歩き始めた。


次の年の写生大会では、雪豹を描いた。
あの狼と同じ眼をして、同じ様に休む事なく歩き回った。
痩せこけたあの狼は、もう檻の中には居なかった。


自由になったのだ。