薔薇園の夜間のライトアップが今日迄だというので、
駒込旧古河庭園と、ついでに近くの六義園へ行った。


六義園は考えていたのよりもずっと広く、
風が心地良かった。
雨上がりの濃い緑や、むせかえる様な香り。
久し振りに見た。嗅いだ。


旧古河邸へは以前に一度行った事がある。
人の御供で行って、休館日だったのだが、
特別に屋敷の中を案内してもらった。


著名な建築家の建てた屋敷の内部には、
様々な工夫が施されており、
屋敷も庭園も、実際よりもとても広い空間に感じられた。


以前に行った時には屋敷の中からしか見ていなかったので、
今日改めて外側から見て、考えていたのよりは
ずっと小ぶりな建物である事に初めて気付いた。


そうは言っても立派なお屋敷である事に変わりはないのだが。


ここは以前から、是非もう一度訪ねたいと思っていた。
それと言うのも以前に訪ねた時、
屋敷の中を案内してくれた女性から気になる話を聞いていたからである。


その話というのはこうだ。


ある時、残業で遅い時間まで邸内に居残った。
漸く帰宅出来る事になり、
邸内の灯りを消したり戸締りを確認して廻り、
二階の最後の窓に鍵をかけている時、
誰かが呼ぶ声を聞いた。


「ちょっと…」


「ちょっと!」


反射的に「はい!」と返事をして振り向いてから、
背筋がゾッとした。



呼んだのは年配の女性の声だった。
頼みたい用事が出来て、それで使用人を呼んでいる様な、
そんな呼び方だったという。
何故か、はっきりと「自分が呼ばれた」と感じたそうだ。





その時邸内には、自分以外には
男性職員が一人だけしか残っていなかった。





このお話は、
休館日だったから、他に聞く人が居なかったから、
案内して下さった方もつい口が滑ったのだろう。
何度も繰り返したであろう邸内の案内は、
流石に手馴れていて流暢なものだったけれど、
このお話をして下さった時だけは
囁く様な小声で早口だったのが、忘れられない。


この話を聞いて僕はこの屋敷がとても好きになった。
必ずもう一度来てみようとそう思った。



広い庭園に囲まれた旧いお屋敷。
そんなお話の一つや二つ、あっても不思議ではない様な
そんな雰囲気が何処かに漂っていないと、
僕にはちっとも魅力的には感じられない。