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書き残しておく理由

決して楽観的な方ではないが、自分では、大袈裟に悲観的な方でもない、と思っている。

 

誰にでも明日が来るわけではない、と考えているし、普段からそのように生きようと心がけてはいるが、気付くと色々と先送りしたり疎かにしている事ばかりで、この日記もそうした事の一つに挙げられる。

 

僕が子供達と過せる時間は、もうそう長くはない。

身の回りの色々な事情を踏まえた上で現実的に考えてみて、かなり甘く、楽観的に前向きに見ても、自分が満足がいくまで見守って傍に居てやれる時間、はどうやっても得られないだろう。

これはきっと、出来得るならばいつまでもいつまでも見守っていたいと考える多くの親がそうだろうし、僕に限った事でもあるまい、と思う。

只、不本意ながら、子供達が物心付く前に別れが来る、という事も考えられるわけで、自分が何をどう考えていたかを何も伝えられないままにそうした事態を迎える事となれば、それはきっと心残り甚だしいことだろう。

それで、些細な出来事であっても自分が何を見てどう感じたか、どんな考えを持っていたかを何処かに書き記しておいて、いつかそれを子供達が「へえ、親父はこんな事を思ってたのか」と読んでくれたら、と考えるようになった。

或いはこれを目にした友人や身内の誰かが、子供達に伝えてくれたら、と思っている。

 

最近、子供達がいつかこんな体験をしたら、自分だったらどう対処してどんな風に言ってやれるだろうか、というような事をよく空想する。

それが一般的、模範的な対応ではなかったとしても(多くの場合そうだ)、僕はこんな風に思う、という事をその都度子供達に伝えていきたいのだけど、それは前もってどうにか出来る事ではなくて、子供達が直面した何か、に出会った時にこそ効力を発揮するのであって、今から預言書のように用意しておいたとしても、きっと役には立たない。

きっと早かれ遅かれ、多かれ少なかれ出会うだろう事の幾つかについて、ああも言ってやりたい、こうも言ってやりたい、何かの助けになるかも知れない、ヒントになるかも知れないと思う事はあるのだけれど、歯痒い事にタイムマシンでもなければ直接伝える事は難しそうだ。

出来ない事をあれこれ思い悩んでみても仕方がないので、今伝えておける事は何だろうと考えてみて、自分が小さな頃に両親にして貰った事で、今も自分の核の部分に、その一部となって残っているものを思い返してみる。

 

不安な時、悲しい時に背中に添えられた大きな手の暖かさ。

それから「だいじょうぶ、だいじょうぶ。」という小さな声の大きな魔法。

 

これならきっと今のあの子達の中にも少しは残るだろう。

年明け早々から交互に熱を出して寝込む子供達の背中を擦りながら、「だいじょうぶ、だいじょうぶ。」と声に出して言う。

子を持つまで忘れていたこの言葉のぬくもりや重さを、今にして知る。

もしかしたら、そうする事で自分にも魔法をかけたかったのかも知れない、という事に思い至ったのも、やっと今にして、だ。

馬鹿だから、大切な事には、何時だって気付くのが遅い。

 

そもそもこんな事を考えるようになったのは、母が孫達と過ごせた時間があまりにも短かったのがきっかけだった。

それでも母は僅かとはいえ孫達と過ごす事が出来たけれど、僕は事情があって、そうする事が難しい。

まだ老齢の域に達してもいないのに孫の事を考えるだなんて滑稽だけれど、世の中には僕と同じ年頃で孫を持つ人達だって然程珍しくはない。

母にもう少し子供達と一緒に過ごして貰いたかったと考えるあまり、では自分はどうなのか、と思い、もしも子供達が将来自分の子を持つ事があれば、矢張り寂しく思うのだろうか、好々爺になって、思い切り甘やかしてくれる存在のない事を一体どう感じるのだろう、等と思ったのだ。

 

二人の息子たちへ

もしもそうする事が出来たのなら、僕の母がそうしたように「私は甘やかすのが役目なんだから、思い切り甘やかさせて貰うよ、厳しくするのは親の役目で、私のはもう済んだんだからね。」

そう言い放って、思いっ切り甘やかして、どんな事でも全部、なーんでも許してくれる存在、として君たちの子供の記憶の中に君臨するのだ、君たちが見たこともないくらい優しいお爺ちゃんとして。

と、ここに書き記しておく。