くろいしと

長男が時々興味深い事を言う。

次男が風邪をひいて体調の良くなかった時だったか、昼寝のタイミングを逃して薄暗くなり始めてからしきりにぐずり出したので、家の中を静かにするため長男を外に連れ出した。

家を出て駐車場の横を通り過ぎる時、突然ハッとした顔で後ろを振り向くと、上の方を指差して「どしてのぼってるのー?あのしとなにしてるー?」と言う。

指差したのがマンションの壁面だったので、工事の業者が何か高所作業でもしていたのかと思って見てみたが、誰も居ない。

「誰か居た?」と訊き返すと、「うん、くらいの、まどのそとにすわってた。」と答え、困惑した様子で先程指差した方をちらちら振り向いて気にしている。

店内の明るいコンビニに着く頃にはいつも通り元気で、僕もそれ以上は何を見たのか訊かなかった。

それはもう数ヶ月前の出来事で、帰宅してから妻に、こんな事があったよ、と話した切り、すっかり忘れてしまっていた。

最近になって、珍しく家族全員で出掛け、暗くなってから帰宅する事があり、件の駐車場で車から降りた途端、長男が「うわっ」と驚いた様子で後退り「黒い人が走って行った」という内容の事を訴えた。

四つん這いで両手を大きく前後に振り、獣が駆けて行く時のような仕草をして、「こうやってはしってったの…くろいしと。」と話す顔は明らかに怯えていて、想像ではなく、彼が今しがた何かを見たのは確かなように思えた。

「黒猫じゃない?」と言ってみたが、首を振って「おっきーなくろいひと。ゴリラ?」と言う。

「ゴリラはいないと思うよ…。」と答えてから、以前同じ場所で、窓の外に人が浮いている、というような事を言っていたな…というのを妻と同時に思い出し、(この子には何が見えてるんだろうね…?)と目配せをする。

もっと小さな頃には、少しも怯える様子なく高層階の壁面を指差して「どしてあんなとこにすわってるの?あぶないよー?」と不思議そうに訊ねたり(勿論誰も宙に浮いたりしていない)、「今あそこの木の上におじさんがいた」というような事を話す事があったが、「車の陰から四つん這いで走り去った黒い人」の一件は、それまでと違って彼にとっては少し怖い体験だったらしく、暫くは「くろいしとまたくる?」と不安そうな顔で訊いてきたりした。

 

そして今日。

夜になって妻が次男を寝かし付ける間、居間のテレビでフィギュアスケートを見ていた長男が突然妻の元へ行き、「ままゆびださないで!」と猛抗議。

妻が話をよく聞くと、「壁に寄せてある薄型テレビの上から指が出て来て怖かった」らしい。

そのテレビの置いてある壁の向こうの暗い部屋で一人書物をしていた僕も、そんな処から指が伸びてきたんじゃ落ち着かない。

 

あまり面白がって根掘り葉掘り聞き過ぎるのも良くなかろうと抑えているけれど、こうした現象は今の時期特有のものかも知れないし、また何かあればその都度書き留めておこうと思う。

 

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