読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる


子が風邪をひいた。
保育園が始まると次から次へと色々あるよ、と聞いてはいたけれど、早速。
すぐに病院に連れて行ったが、夜半から明け方にかけて熱が上がり、
眠ろうとすると詰まった洟が気道を塞いで息苦しいのだろう、
何度も苦しそうに咳き込んで、泣きながら起きてくる。
喘息を患った経験があって良かった、と、本当に初めてそう思った。
息苦しい時にどうして欲しいか、どうすれば少しは楽になるか、
何処に触れられたくないか、何が欲しいか、すぐに判断して対処することが出来る。
呼吸がままならない苛立ちや辛さを、そっくりそのまま我が身の事として感じる事が出来る。
苦しかった幾年かに、突然ぽんと意味が与えられたような、不思議な気持ちになる。
今理解する事が出来なくても、もしかしたらある日突然、
こうして意外な形で意味を与えられるものが、他にもあるかも知れないと思えてくる。


仰向けは気道が塞がり易く、息がし辛いので
後ろから抱きかかえるようにして、ゆっくり身体をゆすって落ち着かせる。
洟を出来る限り除去して少量授乳させ、
その日は妻が抱いたまま座椅子に座る格好で眠った。
朝になると熱も少し下がって随分楽そうにしている。
妻が病院に連れて行き、吸入等の治療を受ける。
同じ様な事を繰り返して数日が過ぎた。
通い始めた保育園は慣らし期間を殆どお休みにしてしまった。
その間に妻の育休が明けた。
妊娠中から何かと辛く当たった口煩い上司が今月一杯で退職するとのことで、
幾分は気が楽になったが、初日は緊張した面持ちで出掛ける。
僕は僕で、日中をまだ回復しきっていない子と二人きりで過ごす訳で、
自分の食事も忘れてしまいがちな日が続く。
どうなることかと思ったけれど、予想していたよりは泣かず、
母親が傍に居ない不安は、普段はあまり見せない僕への後追い等から多少感じられるけれど、
近くで絶えず話し掛けてさえいれば御機嫌で遊んでいる。
子と二人で通院もし、随分と長い時間待合室で待たされたけれど、
泣きじゃくる他の患者さんの保護者さんから羨まれるくらい大人しく待ち、
泣いて嫌がって大変だったと聞かされていた吸入も何とか最後まで受けて、
病院の方に褒めてもらって御機嫌で帰宅した。
お薬の影響もあって、一日中何度もおむつ替えをして数度シャワーを浴びさせ、
大量の洗濯物をして後追いしてくる子を宥めながら洗濯物を干す。
食欲は旺盛でバナナやリンゴ、芋や野菜を潰して弱火でじっくり焼いたお焼きを、
にこにこしながらよく食べる。
転んでも滅多に泣かず、無痛症じゃあるまいな、というくらい痛みに強い。
僕の父も滅多に痛みを面に出さない質だった。
僕が幼い頃に、悪戯して開いたまま床に置いた大きなホッチキスを踏み、
足の裏に深々と刺さったホッチキスの針を、顔色も変えずに引き抜き、
ちり紙で血を拭いながらゆっくりと僕を見て、静かに
「危ないからこれをこうやって置いてはいけない」と言った。
どんどん赤く染まるちり紙を見ながら、これは酷く叱られるに違いないと思っていた僕は、
どんなに強く叱られるよりも、その静かな一言を肝に銘じたように思う。
随分と幼い頃の記憶の筈だが、よく憶えている。
その後沢山の刃物や機械工具を扱う職場に就いた所為もあってか、
無意識に足許に置く物に気が行く。
尖った物、硬い物が、誰かが素足で歩く場所にあるととても気に掛かる。
最近では僕が、子が知らぬ間に移動させたミニカーや、リモコンを踏む。


叱る事の難しさについて、夫婦でよく話す。
父や母にも迷いはあったろうか。
年老いて小さく、日増しに細くなるという父を想う。
何度か聞かされた、「お前も子を持てば解る」という言葉の意味が、
漸くほんの少し、腑に落ちかけている。