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妻も僕も小さなものが好きだ。
爪の先に乗るほどの銅製のロボットや工具類のチャームを見付けて、
好きそうなものがあるよ、幾つか注文してみようか、と誘って
代金の振り込みをした。
注文を終えると、振込先や、振り込みが済んだらその旨連絡をするように、
との指示はすぐに届いたのに、振り込みを済ませた途端に
ぱたりと返信がない。
数日おきに何度かメールをし、返信がないので仕方なく電話を掛けたが、
連絡先とされている電話番号は一向に繋がらない。
そうやって何日かが過ぎ、これはどうも妙だな、と思い始めた頃、
やっと電話が繋がった。


強い口調で発送か返金を迫ると、自分は担当者ではなく
その兄弟であるので詳細が解らない。
すぐに本人に連絡させますから…と言い出した。
しどろもどろで、やっぱり少し妙な対応だった。
では本人に伝言を頼む、と言って、発送が速やかに行われない場合、
僅かな金額であっても回収する気構えであることを丁重に伝えた。
直後に本人だと名乗るメールが入り、すぐに発送しますと言う。


一般的に女性の好みそうな、あまり値の張らないものを並べて
先払いの代金だけをせしめる、という手口があるそうだ。
金額が低ければ高い交通費を使ってわざわざ回収に来るものはまず居ないし、
その手間や煩わしさとを量りに掛けて、泣き寝入りする人が多いのだろう。
数千円の為に時間とお金を掛けて出向くのは馬鹿馬鹿しいと、
頭ではそう思うのだけど、あのまま送られてこなければ
僕はきっと回収に出向いたのではないか。


気にくわないことが起こるのは避けられないし、
それに一々食いついて時間や労力を無駄にするのは馬鹿げている。
今回だって只単にルーズな相手、というだけだったのかも知れない。
放っておけば、忘れた頃に商品が届いたのかも知れない。


まあ、そんな事もあるだろうね、くらいで気に留めずにおけたら
それが所謂大人の対応というやつだろう。
そういう鷹揚な態度を身に着けたい。


商品はその後、無事手許に届いた。











何故だか急に思い出した。

小さな頃、九九を習う年頃になって、
教室の前で皆が一人ずつ九九を諳んじていた日、自分の番がくると、
前の日に文具店で買った、九九の印刷された下敷きを持って教壇の前に立ち、
この下敷きが幾らで買えるか、僕らが大人になる頃には
九九を諳んじている必要がなくなっている可能性についてや、
九九を憶える時期を自分で選択しては何故いけないのか、
それを疑問や不満に思う者は他に居ないか、と熱弁を揮った。
教師は根気強く諭してくれたが、僕は納得が行かなくて、
先生は僕たちに九九を憶えないで大人になる、
という選択肢があっては本当にいけないと思うか、と訊ねた。
先生がそれにどう答えたのか、よく憶えていない。
今考えてみれば、子供の記憶力をもってすれば、
言われた通り九九を諳んじることの方が余程楽だったに違いない。


自分が子供を持って、もしその子が同じ事を言い出した時、
僕は何と答えるのだろうと考える。
僕は何と答えるべきだろう。