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暖かなよく晴れた日の朝を選んで、逝った気がする。
妻が仕事休みで、一緒に見送ってやれる日。
個別葬の申し込み受付に間に合う時間。
診療時間の始まるほんの少し前。


全てが整い過ぎていた。


あの状態から十六日も頑張った猫は他にいない、と
獣医師が驚いていた。
一日か二日、もって一週間という見立てだったのだ。
あんなに細くて小さな身体の何処に、
そこまで頑張れる力が残っていたのだろう。


眠りに落ちてゆく直前の様に薄く目を開いて、
静かで穏やかな顔だった。
診察台の上に薄くなった身体を横たえて、
身体を拭き清めてもらった。
下血があり、拭いても拭いても黒い血が流れ出た。
今日まで、こんなになるまで頑張ってくれていたのか。
そう思って、危うく泣き出してしまいそうになる。
まだだ。まだ。
ちゃんと見送ってやるまでは。
一度泣き出してしまえば、きっと立っていられなくなる。


もたもたして待たせたりしたくない。
そう思って、事前に何処でどうするかを決めておいた通り、
自分には不似合いなくらいにてきぱきと行動出来た。
勧められた骨壺は小さくて可愛らしかったが、
全ては入りきらないと言われて、
チィさんには少し不釣り合いな大き目の骨壺を選んだ。
狭い酸素室でずっと窮屈な思いをしたろうから、
少しくらい広いとこに居させてやりたい。
それに一欠片も残さず連れて帰ってやりたかった。


病院でも、寺に行ってからも、何度もチィさんを撫でた。
聞いていたほど毛艶が悪くなるでもなく、
腎不全末期になってからも柔らかで手触りの良いのは変わらなかった。
撫でているとまだほんのり暖かい様な気がして、
生きている時と何も変わらない。
小さな頭に何度もキスをした。
まだ唇にはっきりとチィさんの柔らかな感触が残っている。
薄くてひんやりとした耳を、唇で挟んでみる。
匂いだけが、薄くなってしまって、
元気な時のチィさんはいつも甘い蜂蜜の様な香りがしていたのに、
その匂いだけがすっかり消えてしまっていた。


チィさんの骨はやっぱり華奢で、
薄い桜色をしていてとても綺麗だった。
もうあの柔らかな感触が味わえないのが寂しい。
骨壺に収めた小さな頭蓋骨が可愛くて、
思わず指の先で撫でた。


骨壺を抱いて、(やっと連れて帰ってやれる)、そう思うと
嬉しくて悲しくて、何だか笑い出しそうになる。
帰り道で桜を見た。
本当に桜が咲くまで居てくれた。
最期の最期まで、不思議なことばかり引き起こす猫だった。


チィさんは本当に猫だったのかな、と思う。


暖かな日差しを浴びて、気持ちのいい風に吹かれて、
チィさんを連れて、三人で散歩してるみたいだった。
三人でお寿司屋さんに入って食事をした。


帰宅してみるとtwitterで知り合った方が描いて下さった
チィさんの肖像画が届いていて、
添えられた手紙と、あんまり可愛らしく描いて下さったのとで、
嬉しくて、その日初めて涙が出た。

http://d.hatena.ne.jp/kanamoken/20110321




やっと帰って来られたんだ。
そう思って嬉しい。
もう二度と撫でてやれないんだ。
そう思えば悲しい。


残りの時間を知りたくなくて、
これまでチィさんの歳をちゃんと数えてみたことが一度もなかった。
十九年間一緒に暮らせた。
だからこれから十九年掛けて、
しみじみと寂しいんだろう。悲しいんだろう。
けれどそれと同じくらい、嬉しくて暖かなものを残していってくれた。




チィさんは本当に猫だったのかな、と思う。



おかえり、チィさん。