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第四期に入り、腎性の貧血から来る呼吸不全で自発呼吸が困難になった。
もう治療の方法は残されておらず、唯々苦しみを和らげる為にのみ、
力を注ぐ。


昨日は息は荒いものの気持ち良さそうに日を浴びて目を細め、
触れればそれに喉を鳴らして応えてくれた。
しかしこの数日、目に見えて水を飲む量が減っており、
尿の量も少なくなり、排便は全くない状態だった。
新しく処方された二糖類は適切な分量を見極める事が難しく、
一定量を与えれば排便を促す事は出来るが、
身体に与える負担も大きい様に見受けられた。
今までは嫌々ながら飲み下してくれていた流動食も次第に受け付けなくなり、
スポイトで水を与えてもあまり飲みたがらない。
今までは、「仕方ないなあ。面倒だけど飲んでやるか」といった具合に、
口許に垂らせば自分から舌を出して飲み込んでくれていたのだけれど。


「もういいよ」と言われた気がした。
投げるのでもなく、悲観するでもない。
静かに、穏やかに、まるでこちらを諭すかの様な、
それはとても静かで優しい拒絶の仕方だった。


夜になって呼吸が更に荒くなり、腹部の張りも気になって、
以前に試して二糖類よりも穏やかな効き目を感じたオリーブオイルを飲ませようとしたが
上手く行かなかった。
息はどんどん苦しげになって行き、朝になっても一向に治まらない。
病院に電話をして現状を伝え、再度受診する事にした。
医師からは、腎機能がほぼ停止した状態にある事、
もう治療の方法が残されていない事を告げられた。
今夜か明日中には亡くなるだろう、との事。
連れて帰って最期を看取ってやるか、
病院の酸素室で呼吸だけでも楽にしてやるか選択を迫られ、
迷わず酸素室に入れてもらう。


本当は最期の瞬間までずっと手を触れていたい。
しかしどんな事よりも優先させたいのは、苦しませない事。
それだけは少しも揺らがない。
残された時間を少しでも楽なものにしてやりたい。
医者の見立て通りなら、チィさんは病院で亡くなるのだろう。
側に居て、手を触れていられないのが辛くて
肋の中ががらんどうになったみたいに感じる。


「怖がらなくていいからね」と声を掛けると、
チィさんは酸素室の中からじっと僕の目を見詰めた。
息は荒いけれど、とても落ち着いた、静かな目だった。
チィさんはもう、少しも畏れてはいない。
怖がっていたのは、ずっと僕の方だった。
「あなたこそ、もう怖がらなくていいからね」
そう言われた気がした。


空っぽになったキャリーバッグを抱えて家に戻ると、
曇り空から晴れ間が覗いていて、昨日までチィさんが
お気に入りの日向ぼっこスペースにしていたクッションの上にも
柔らかな日差しが降り注いでいる。
チィさんの居ないクッションに手を置いて、少しだけ泣いた。
それから、病院で見た、あの静かで優しい眼差しを思い出した。
真っ直ぐに僕の奥底を覗き込む様な、あの眼差しを。
がらんどうになった肋骨の中を、暖かなものが満たして行く。


あの眼差しに、荒んだ気持ちをこれまで何度救われて来ただろう。
そしてこうなった今でさえ、僕はあの眼差しに支えられている。


最期の一瞬まで、チィさんに相応しい相棒で在り続けられる様に。
チィさんがそうである様に、「自分らしく」見送る事が出来ますように。


僕ももう、畏れない。