チィさんが朝から落ち着かない。
倍量になった薬の副作用が出て来て
不調でもあるのかと思い、はらはらする。
ホットカーペットを点けて暖かな場所を作っても、
部屋を移動する度に付いて来て、少し離れた場所に座り
何だかいつもと違う、物言いたげな表情でこちらをじっと見ている。
どうしたんだろう、と考えていたら、
今朝方ムーンブーツが亡くなったという知らせが届いた。


知らせのメールには、とても辛い七週間を過ごし、
最期の十日間は殆ど食べることも飲むことも出来なくなって
とても苦しんだ事、それでも最後まで気を失わず、戦い続けた事、
諦めかけて別れを告げようとする度
「勝手に殺すな、まだ、しんでないぞ!まだおれは生きてるんだぞ!」
と叱られた様に感じた、という事が書いてあった。


制作を依頼されて資料の写真を初めて見た時に感じた、
視力を持たない筈の目の、あの凛とした光の強さを思い出す。
目が見えないのも、耳が聞こえないのも、心臓に障害があるのも、
大きなハンデとなる筈のものを幾つも抱えながら、
それを少しも感じさせない、不思議な強さを持った猫だった。
それは送られて来る資料からも、
話に聞くエピソードからも明らかだ。


ムーンブーツは最後の日まで
何度も壁に頭をぶつけながら
這ってでも自分でトイレへ行こうとし、
生きようともがき続けた。
本当に強い猫だ。
人にも猫にも、品格というものがある。
最後まで立派に戦い続けたムーンブーツ。
こんな時にさえ僕やチィさんを気遣う言葉を添えてくれたリダさん。
どちらも本当に強く、優しい。
リダさんはムーンブーツのことを、“魔法の猫”と呼ぶ。
ムーンブーツは最後まで、
その名に相応しいものをリダさんに見せ、与え続けたのだろう。
どの家の猫も、共に暮らす者にとって“魔法の猫”であるに違いない。
チィさんが僕にとってそうであるように。



「生きてる間は、最後のイッテキまで、生きろ!」
それがムーンブーツの残したメッセージなのだろう、とメールにある。
とても苦しんだと知った時、つい口をついて出てしまう言葉、
「可哀想に…」を、もしムーンブーツが耳にしたら何て言うだろう。
「俺は“カワイソウ”なんかじゃない!
 俺は魔法の猫、ムーンブーツだ!」
あのムーンブーツなら、きっとそう言うのではないか。




リダさんが悲しみや寂しさの中に沈み込んでしまいませんように。
ムーンブーツはリダさんが笑っているのが好きだったろうから。
きっと家族が寛いでいる傍で、
安らいだ時間を過ごすのが好きだったろうから。
ムーンブーツの最後の魔法が、リダさんに届きますように。













ムーンブーツのことを知ったのは、2007年、今からもう三年も前のことだ。
http://d.hatena.ne.jp/uronnaneko/20070511