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連れて帰れる訳でもないのに会いにゆけば、
かえって寂しがらせてしまうのではないか、と懸念しながら
どうしても我慢する事が出来ずに、何度か病院へ脚を運んだ。


気付かれないように物陰に隠れて様子を覗き見ると、
見えているのかいないのか、
朦朧とした様子でゆっくりと瞬きを繰り返している。
顔に触れられるのを極端に嫌がるとの事で、
涙腺炎で溢れた涙で目の周りが酷く汚れている。
拭いていないのは病院が処置を怠った為ではなく、
投薬と治療のストレスをこれ以上増さないようにする為の気遣いからだ。
しかしその様子がどうにも弱々しく頼りなげで、胸が痛くなった。


また元の様に喉を鳴らして日向ぼっこを愉しんだり、
不満げに鳴きながら傍に来て、一頻り文句を言ったり出来るだろうか。
声を掛ける事も、触れる事も出来ないのが辛い。
触れる事さえ出来れば、どの程度意識がはっきりしているのか確かめられるが、
そうすればまた連れて帰れと鳴き出すだろう。
体力を消耗させてしまう。


弱々しく朦朧とした様子を目にすると、
もしもこれ切りになってしまったらどうしよう、
という考えが何度も頭をよぎる。
慣れ親しんだ場所で、穏やかに最期を迎えさせてやれなかった事を
悔いるのではないか。
最期の時に傍に付いていてやれなかった事を、
どの様にして詫びれば良いのか。


しかし、もしこうして出来る限りの手を打って抗わなければ、
あの時こうしておけばもう少し生き存えたのではないか、
まだ穏やかに過ごす時間は残っていたのではないかと
ずっと思い悩む事になるだろう。
矢張り、これで良いのだ。
他に選択の余地はなかったのだと何度も自分に言い聞かせる。


帰りに妻の仕事先に寄って、簡単に経過を知らせた。
朦朧とした様子については控え目に話した。
あの様子を目にすれば、きっと同じ様な不安を感じ、泣き出すだろう。


一日のうちに考えが何度も二転三転して、
大丈夫、これでいいんだ、と思ってみたり、
今すぐ迎えに行って傍に居てやるべきなのじゃないか、
このまま人任せにしていて良いのか、等と思い悩む。
その不安を極力顔や態度に出さぬ様にしながら、
それでも苛々と落ち着かなかったり、呆けた様な失態を繰り返す。
僕だけではなく、妻もそれは同じ様だった。
財布も店の鍵も持たずに出勤して取りに戻ったり、
帰宅してチィの姿が見えない事に打ちのめされたりしている。
互いに普段通りに振る舞いながら、
決定的に普段とは異なる空間になってしまっている。
あんなに小さな存在が、そこに居ない事で
あまりにも大きな影を落としている。