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十月一日


二日程前から食欲不振。
水を飲む量も減っている。
具合が悪い時の様に暗がりでじっとしていたり、
普段と大きく様子が異なる訳ではない。
傍へ行けば喉を鳴らすし、いつも通り日向ぼっこもする。
それでも何だか気になって、妻と一緒に病院へ連れて行く事にした。
ゆっくりと日向ぼっこをしていたところだったから、
キャリーバッグに押し込んでタクシーに乗せたら、珍しく不満の声を上げた。
声にもさほど弱っている様子は見受けられない。
それで少し気持ちが緩んでしまった。


病院で尿検査と血液検査をすると、
腎臓の数値が上がっていて、あまり良い状態ではない事が解った。
すぐに入院が決まり、点滴をしながら二三日容態を診る事になった。
連れて帰れるとばかり思っていたから、
顔には出さなかったけれどかなり動揺した。
医者の話が全く耳に入って来ない。
後ろで妻が泣き始めていた事にも気付かなかった。


入院に関する同意書にサインをし、
病院のケージに入れられたチィさんを見に行った。
硝子の向こうで、チィさんも他の入院患者たちも、
一斉にこちらを見て鳴き始めた。
チィさんは仔猫の時みたいな顔に見えた。
親猫とはぐれて不安な時にする様に、姿勢を低くして
口を大きく横に拡げ、一心にこちらを見据えて、長く鳴いた。
その顔を見たら、何だかもう、すました顔をしていられなくなった。
長くはそこに留まらず、すぐに病院の出口へ向かった。
後ろから、病院長の「やってみるからね、」という声がした。
振り向いて「どうぞ宜しくお願いいたします」と頭を下げる。
それがやっとだった。


医院は猫専門で、他の動物は入院していない。
犬が吠え掛からないのが救いだが、
それでもチィさんは大いに不安だろう。
ストレスもかなりのものだろうと思う。
しかしこのまま連れ帰って栄養が摂れなければ、
衰弱する一方になってしまう。
選択肢は他になかった。
名残を惜しめば惜しむほど、連れて帰れと鳴くだろう。
そう思って、すぐに医院を後にした。


チィさんを連れ帰るつもりで外に待ってもらったタクシーに、
妻と二人だけで乗り込んだ。
空のキャリーバッグは、チィさんを入れていた時の何倍にも重く感じられた。
妻は俯いて、声を立てずに泣いている。
僕は窓の外を見たまま、何の言葉も出て来なかった。
家が近付いて来る。
玄関を開けても、そこに不満げな表情でこちらを見上げているチィさんは居ない。
そう思ったら堪らなくなって、運転手さんに慌てて
「止めて下さい」と声を掛け、途中で車を降りた。
チィさんの居ない家に、すぐに帰りたくなかった。
「珈琲でも飲もう。先に店に入ってて、」と声をかけて、
近くのコンビニへ行き、今日から控えるつもりでいた煙草を買った。
ああ、値上がりしたんだったな、と思う。
もう十月か。
越して来る前には、チィさんが転居に耐えて
僅かな時間でも穏やかな時間を過ごせますように、
と願い、その願いが叶って一年が過ぎると、
まだまだ、もっともっと一緒に居られるんじゃないか、
このまま行けるんじゃないか、と、どんどん欲が出てしまっていた。


医者からはどんなに「数値の上では思わしくないのだ、」と告げられても、
チィさんが目を細めて日向ぼっこを愉しみ、喉を鳴らして傍に寄り添う時、
もしかしたらチィさんだけは特別なのじゃないか、
だってこんなに御機嫌麗しく過ごせているじゃないか、と思ってしまう。


それでも、いつか終わりの時は来る。
何度心に刻んでも、僕はそれを忘れそうになる。
いつまでも傍に居てくれ、と願いたくなる。
何が一番大切なのか、見失わない様にしなければならない。
帰り際に獣医が「この子が一番楽な事を優先して、(診るからね)」
と言ったその言葉に、大きく頷いた。
そう、チィさんが何を望むかを、ありとあらゆる方法で感じ取って、
常にそれを優先する。自分がどうしたいか、ではなく。
もう一度心に刻み直さねばならない。