見せ物小屋の様な処に居る。
薄暗い舞台の上に三人の女が立っている。
左端に立っている女は酷い猫背で異様に背が高く、
背筋を伸ばしたら他の二人の倍程も背丈がありそうに見える。
黒いコルセットとヒールの高い編み上げブーツを履いていて、
その黒尽くめの衣装が殊更に背丈や痩せぎすの体躯を強調している。
長い手脚を邪魔そうにして蜘蛛の様に折り曲げ、
ゆらゆらと緩慢な動作を繰り返す。
舞台に照明が当たる前に何か揉め事があったらしく、
三人が小声で何か言い争うのが聞こえて来る。


スポットライトが向けられると、さっきまでの不穏な気配は消え、
蜘蛛女が思い切り吸い込んだパイプから濃い煙を吐き出した。
煙は立ちのぼらず重たげにそこに留まって、
女が掌をひらひらと動かすとゆっくりと蓄音機の形になった。
舞台の端からざらざらとしたノイズだらけの音楽が鳴り始め、
他の二人がそれに合わせて唄い始める。
手をさっと一振りして煙を掻き消すと、
今度はさっきよりももっと沢山の煙を吐き出して、
人の形を作った。
女が掌を僅かに震わせて煙に近付けると、
ヒトガタは身をくねらせる様にして舞台の上で踊り出す。


黄色がかった照明を当てられると、煙はまるでそこに実体があるかの様に濃く、
ゆっくりと輪郭を崩し始めてぼやけてしまうまで踊り続け、
消えてしまう間際には時々苦悶の表情を浮かべている様に見えて怖ろしかった。


幕引き後、舞台裏で三人に「見事な芸だった」と賛辞を述べて立ち去ろうとしたら、
どこからか「人を殺した、殺していない、」という話になった。
さっきはそれで揉めていたらしい。
殺した事がある、と自慢げに言い張るのは蜘蛛女と真ん中で唄っていた女で、
右端でコーラスに加わっていた女は時折頷きながら
にこにことその様子を見守っているだけだった。
本当は人を殺した事があるのはこの女だけで、
後の二人は口先だけなのだろう、と思った瞬間、
それまでにこにこと目を細めていた女が
目を大きく見開いてこちらに向き直った。
真っ直ぐにこちらを見据えているその目には表情がまるでない。
瞳孔が異様に大きく、眼窩に磨き込んだ黒い石を嵌め込んだ様だった。
蒼白の顔と黒い目が怖ろしく、小屋から転がり出る様にしてその場から逃げ出した。


場面が変わって、旧いアパートか安宿の一室の様な場所に居る。
上の部屋にさっきの蜘蛛女が部屋を借りているらしい。
部屋の中の物は全てが古く、朽ち始めている。
上から時折 ゴトリ ゴトリ という重そうな靴音や、
ベッドの軋む音が聞こえて来る。
音はどんどん大きく酷くなって、傍迷惑な程になった。
廊下で他の住人と立ち話をしている時に、
階上の騒音に悩まされている旨を告げると、驚いた様な顔をされ、
上の階には老人とその孫しか住んでいない、と教えられた。