先週の事。
朝になると口の中が血腥い。
歯茎の何処かから出血があるらしい。
気持ちが悪いので歯間ブラシを使って悪い血を出し切ってしまおうと、
少々念入りにあちこち突きまわし過ぎた様だ。
高い熱が出た。
熱は二日程で下がったが、どうにも頭が重くてやり切れない。
渋々歯科医を探す事にした。
迷った挙げ句、近場で予約を取ろうと電話をするも、
一軒目は潰れていて、二軒目も三月には閉めるのだと言う。


三軒目の歯科はあっさり予約が取れた。
いつ来てもかまわないと言う。
重い腰を上げて家を出る。
身体がだるくて信号待ちで立ったまま居眠りしそうになる。
歯科はビジネス街の真ん中にあって駅からも近いと言うのに、
僕の他には患者が見当たらない。設備も随分と年季が入っていて、
ホワイトニングだの歯列矯正だのを売りにした
今時の小綺麗な審美歯科とか言うものと違い、
昔ながらの懐かしい歯医者さん、といった佇まいだった。


問診票の「保険が適用される範囲内での治療を希望」と書かれているところに
しっかり印を付けて、レントゲンを撮られ、歯を掃除してもらい、
フッ素コートをしてもらった。


「保険が適用される範囲内での治療」は、気抜けするほどあっさりと済んだ。
おそらくそう日も経たないうちに、またあちこち不具合が出るのだろうけれど、
納得の行く様に念入りに治療をして頂くには、「保険の適用される範囲外」
へ足を踏み入れねばならず、そうなれば別なところが痛み出しそうなのだから、
これでよしとせざるおえない。


痩せた歯科医の白衣は随分と草臥れていて、
助手らしき女性は一人居たが、自ら受付へ来て会計をした。
歯間ブラシの束を輪ゴムで括って僕に渡し、サンプルが沢山あるからくれると言う。
どうやら儲けようという気持ちは少しもないらしい。
あっさりとし過ぎた診療は良いのか悪いのかよく解らないけれど、
草臥れた白衣と古びた設備や器具たちは、
眩しい様に真っ白でピカピカした最新の設備を整えた審美歯科よりも、
ずっとホッとさせてくれる。
口の中は相変わらず血腥かったが、帰りの足取りは行きに比べると、
死人が生き返ったくらいの差があっただろう。


時々愚痴を溢したりはしてみても、身体のあちこちに不具合が出るのは
実のところさほど不満に思っている訳ではない。
長く使って来たのだから、当たり前と言えば当たり前の話だ。
何とか折り合いをつけて、騙し騙しやって行くしかない。