チィさんがトイレの方へ行く度にそっと後を着いて行って
様子を物陰から見守っている。
それに加えて今日は奥さんも仕事休みなので
二人でチィさんのトイレを物陰から覗いている。
チィさんがトイレの中から迷惑げな顔を向ける。


消炎剤が効いて膀胱の腫れが治まっているのか、
昨日の様に何度も出たり入ったりを繰り返さなくなった。
対処療法的なもので根本的な解決にはならないが、
これからはその都度こうして対処して行くしか有効な手段がない。
取り敢えず今出来る事は、試行錯誤しながらトイレ周りの環境を改善して行く事、
迅速に食事療法に取り組む事。


獣医から渡された療法食のサンプルの幾つかは、
すでにこれまで何度か試みた事のあるもので、
そのどれも結果は芳しくなかった。
見向きもしてくれないのだ。
チィさんの頑固さと来たら、意志の強固な僧がハンストをするのでさえ
これほどではあるまいという程のもので、食べさせようと根比べしては
いつもこちらが先に根を上げてしまう。


少し長目に留守にすると、その間に諦めて(或いは気紛れに)
少々お気に召さないものでも食べる事があるので、
一番望みの持てそうなサンプルを皿に盛って、奥さんと外に出る事にした。
一時間や二時間で戻ったのでは効果は期待出来ないし、
ぶらぶらと時間を潰していたのでは色々な事が気掛かりでならない。
どちらからともなく、もう帰ろうかという話になりかねないから、
映画を観る事にした。 「かいじゅうたちのいるところ」。
奥さんが小さな頃から大好きだったという絵本の映画化で、
僕はその絵本に描かれたかいじゅうたちの造形が好きで
ぬいぐるみがいくつか家にある。


映画を観ながら、ふと、かいじゅうたちの表情の中にチィさんを見る。
物憂げだったり、少し寂しそうだったり、或いは不機嫌そうなその表情の中に
一旦チィさんを見付けてしまうと、
もうそれからは映画の筋を追うどころではなかった。
ああ、チィさんも時々こんな顔をする事があるな、
伝えられない悲しい事や寂しい事、腹立たしい事もあるのかな、と思う。
もう随分長く生きてきたのだから、互いに色々な事があった。
そのどれも傍で見てきたのだ。
映画を観て目を潤ませているらしい奥さんの横で、
気付かれない様に静かに息を整える。
時々眼鏡を直すふりをして目を擦った。


映画が終わってからも、努めてチィさんの話は口にしなかった。
今日は急いで戻ってはいけないのだ。
電気屋へ寄り、壊れたテレビリモコンと切れてしまった電球の替えを買った。
ドーナツを沢山買い込み、足早に歩いて家へ戻る。




長目に留守にした甲斐があった。
皿は綺麗に空になっていた。
高価だが市販でも手に入るフードだし、
どんなものでも食べてくれさえするのなら
それだけで気掛かりはかなりの部分軽減される。
ありがたい。



映画館で買って来たぬいぐるみを
眠っているチィさんの傍にそっと置く。



この毛むくじゃらのかいじゅうさんと
まだまだ沢山の時間を共に過ごせます様に。