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■ 羊毛の犬


母に何を贈ろうかと考えて、
買ってきた物ではきっと喜んでもらえないから、
作る事にした。フェルティングで、
母が今もよく思い出す事があるという犬を。


昔、僕がまだ小さかった頃に飼っていたダックスフンド
セブという名で、確かウルトラセブンから取った名前だった。
セブは何か貰うと、すぐに庭に埋めてしまう。
好物であればあるほど深く穴を掘り、大切そうに土を被せて隠した。
そしてその事をすっかり忘れてしまう。
「埋めないですぐにお食べ」と言ってあげるのだけれど、
それでもセブは嬉々として穴を掘り続けた。
庭中穴だらけにして宝物を埋め、
満足そうにこちらを見て尻尾を振る。
それから二度と掘り返す事はなかった。


家族が新しい住まいに越す事になった時、
新しい住まいはペット禁止のマンションで
犬は飼うことが出来ないのだと言われた。
僕は随分駄々をこねて両親を困らせた。
セブは兄の知り合いの、養鶏場を営んでいる家に貰われていった。


マンションに越してみると原則としてペット禁止とは言うものの、
こっそり隠れて飼っている人たちはいて、
エレベーターでそうした人たちが犬を散歩に連れ出すのに出会う度
悔しくて、管理人までが犬を飼っていると知った時、
どうしてセブを手放さなければならなかったのか
父にしつこく尋ねて食い下がった。
“タテマエ”や“ショウジキモノガバカヲミル”に
始めて出会った瞬間だった。
そしてそのまま、理不尽也!と憤ったまま大人になってしまったので、
その後も色々と不都合な目に遭う。
“タテマエ”や“ショウジキモノガバカヲミル”と、
僕はどうしても巧く折り合いをつけられなかった。


母が思い出すセブの姿は、
いつも寒がっていて、家の中に上がりたがっている。
厳しかった父は、犬を座敷に上げる事をけして許さなかった。
母が毛布を掛けてやると、セブはそれを咥えて上手に包まった。
鼻先だけを毛布から出して海苔巻きみたいになったセブは、
僕や日子さんの記憶の中で、今も自分の掘り返した穴だらけの庭に居る。


セブは貰われて行った先で、夏は涼しく、
冬は暖房のよく利いた養鶏場で鶏たちの番をして暮らした。
外で震えて過ごすよりも、ずっと幸せだったかも知れない。
雪が積もった朝、セブは大喜びで散歩に出掛けた。
雪の中に鼻先を突っ込んで真っ白な道を大はしゃぎで駆け抜け、
小さな咳を一つして、それから急に静かになった。
その話を母から聞いた時、ああ、セブらしい最後だな、と思った。


公園のすべり台が大好きだったセブ。
小さな僕の兄弟だったセブ。
僕の兄貴のつもりでいたセブ。
僕の言うことはちっとも聞いてくれなかったセブ。
僕は君が大好きだった。