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申しつかった小用を数件。
預かり物等。


先日用意しておいたウォーキング・ポール*1を日子さんに届ける。
杖、と言うと持つのに抵抗があるらしく
どうしても使いたがらないので、
メーカーのロゴがでかでかとプリントされた真っ赤なものにした。
“スポーツ用”であることを強調して渡す。
軽量で見た目もそう悪くはないから、
もしかしたらこれなら使ってもらえるかも知れない。
最近ではすっかり疲れ易くなって、すぐに脚が痛む所為もあり、
長く歩く事を嫌うようになってしまったから、
これでまた少し出歩いてくれると良いのだけれど。
歩く事は大切だ。




奥さんの勤める会社が事業を拡張する事となり、
その準備に追われて帰宅の時間がどんどん遅くなる。
遅くなるのはちっとも構わないのだけれど、
会社が自宅から遠く離れた場所にあり、
駅までの距離も長く寂しい処で
夜道が如何にも物騒だというので、
日子さんが酷く心配をする。
あまりに心配するので、釣られて僕も心配になる。


母が心配するのには理由があって、
これまであまり治安の宜しくない場所で長く暮らしてきて、
長年に渡って起こって来た酸鼻を極める出来事の記憶が
すぐそこに、身近にあるからだ。
確かに、残念ながら用心深くならざるをえない御時世、
土地柄だと感じる。


何の落ち度もない者がいわれのない暴力の被害に遭う。
実際に目に触れるのはそのほんの一部に過ぎず、
そうした災いがいつ自分たちの身の回りに起きたとしても
何の不思議もないのに、普段はその事を忘れてしまいがちだ。
「何か起こってからでは遅いんだよ」と言われた時、
その言葉の重さを感じずにはいられない。


業務内容の性質上年若い女性社員を多く抱え、
自身もお嬢さんを持つという社主は、
殆ど人気のない深夜の田舎道を一人で歩かせる事について
今のところ何の配慮も見せてくれる様子はない。
きっと今時そんな話は少しも珍しくないだろう。
そうした不安に耐えて夜道を歩き続けなければならない人は多いのだろうし、
そんな事まで一々気に掛けてはいられない、というところだろうか。
それはよく解っているのだけれど…
でも自分の家族の身の上にもしもの事が起こるとしたら、どうだろう。
雇用される者にも家族がおり、身を案じる者があるのだという事を
ほんの少しでも解っていてくれていると良いのだけれど。
今の御時世、こんな期待を持つのは考えが甘いのだろうか。
人を束ねるからにはその責も負うのだという自覚は
上に行けば行くほどに忘れてはいけないのだと
僕はある人から学んたのだけれど。
ほんの少し、ほんの少し思いを巡らせてくれるだけでも
気持ちが救われるのだけど。


心配性が過ぎる、と笑われているうちは良い。
願わくば僕や日子さんが度の過ぎた心配性なだけで、
世間はそんなに物騒でも、殺伐ともしていないのだと良いのだけれど。


もしも身内の者に何か降り掛かる様な事態が起こるのなら
何としてもその場に居合わせたいと願うけれど、
いつも側に居られるというわけではない。
「何か起こってからでは遅いんだよ」という言葉が
重くのし掛かる。









 

*1:山歩き用の折り畳み杖