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肌の色は人のそれに近かったが、体毛はほとんど生えていない。
分厚く丈夫な皮膚は、なめし革の様な光沢を放っている。
力強く長い腕の先には、四角い三本の指を備えた大きな掌があった。
大柄でがっしりとした体躯は、人というよりは大型の類人猿に近い。
彼らがその気になれば、人の頭蓋など片手で紙コップの如く
容易く握り潰す事が出来るだろう。
ひしゃげた鼻、間隔の広過ぎる両目は
大きな身体には不釣り合いに小さく、表情に乏しかった。
その話し声は、人間には家畜の鳴き声と大差なく聞こえる。


彼らは人間達によって、長い間虐げられて生きて来た。
人間の何倍も俊敏で力が強く、極端に大人しい性質を持っていた為に
危険を伴う作業、リスクの高い重労働を強いられ、
何か不都合が起これば簡単に“処分”されてしまう。
けして低くはない知性と豊かな感受性を持ちながら、
彼らはそうした仕打ちに唯々従順に耐え続けた。
争いごとを好まず、ただひたすらに畏れ、怯えていた。
団結して立ち上がり、戦って自由を勝ち取るなど、
好戦的ではない彼らにとっては理解し難い行為だった。


彼もそうした暮らしを強いられている者の一人だ。
彼らの種族の中でも一際大柄で力も強かったが、
彼は工場での重労働ではなく、
巨大な医療施設で廃棄物処理の仕事に従事していた。
割れた注射器や様々な薬品等、
大量の医療廃棄物の処理は常に危険を伴ったが、
そうした物が彼の丈夫な皮膚を傷つける事は殆どなかったし、
彼はこの仕事に満足していた。
同僚に気の合う友人も居たし、それに密かな楽しみもあった。
廃棄物の中に新聞や雑誌、時には患者が不要になって処分した書物を見つける事があったのだ。
彼はそうしたものを見つけると、
誰にも知られない様にそっと拾い上げ、
衣服の下に隠して大切に持ち帰った。
そうして下世話なゴシップ記事や
酸鼻を極めるニュース記事の中からでも、
美しい一節や輝きを放つ言葉を見つけ出し、
その一行、その一字一句を拾い集めては、
分厚いスクラップブックを作っていった。
それは彼の大切な大切な宝物になった。
彼は文字を読み、その意味を深く理解する事が出来たのだ。
しかし、それはとても危険な行為でもあった。
もしもその事が人に知られれば、
彼はすぐに危険分子として“処分”されてしまうだろう。
彼の友人はその危険を知りながら、
度々彼のスクラップブック作りに協力した。
彼よりはずっと小柄で、文字を読む事も人の言葉を理解する事も出来なかったが、
友人は、目を輝かせてスクラップブックの記事を読み聞かせてくれる時の彼の顔が大好きだった。
人間には表情を読み取る事の難しい小さな目の奥は
怖いくらいに澄んでいて、高潔な光を宿していた。


ある日、彼の友人は、彼の目の前で“処分”された。
彼の為に拾った本を隠し持っていたのを見咎められての事だった。
恐ろしくて無我夢中で振り回した腕は、
簡単に人間達の命を奪った。
友人が最後に手渡そうとしていた本を拾い上げ、
彼は傷つきながらも夢中で逃げた。
その本は古い詩集だった。
彼は大声で泣き叫びながら逃げた。
その声は人間達の耳には
恐ろしげな雄叫びにしか聞こえなかったが、
彼は只、悲しくて泣いたのだ。
恐ろしくて、泣いたのだ。


友人がいなくなってしまった事が恐ろしかった。
人間の命を容易く奪ってしまう自分の力が恐ろしかった。
全てが理不尽で、悲しかった。
彼は逃げるのをやめ、詩集を開いた。
人間達の怒号が近づいてくる。
不意に、背中の一点に火がついた様に熱くなった。
辺りが暗くなってゆく。
美しい一節を見付けた。
人間が綴った言葉。
理不尽で、悲しみに満ちた一行が滲んで消えてゆく。


畏れていたのは、人間達の方だった。