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三月二十一日、引越当日。


トラックに荷物を積み込む為に早朝から友人達が集まってくれる。
ぎりぎりまで荷詰めを終える事が出来ず、
前日から一睡もせず梱包し続けていたので
頭には霞がかかり身体もふらふらだったが、
友人が淹れたての珈琲をポットに入れて持参してくれた。
ドリンク剤で何とか保たせていた身体に友人の淹れてくれた珈琲が沁みわたる。
この旨い珈琲も、もうなかなか飲む事が叶わぬのだと思うと、
もっと時間を掛けてゆっくりと味わいたかったが、
早々にトラックが到着し、すぐに慌ただしくなってしまった。
友人達とゆっくり別れを惜しむ間もない。


このところ荷詰めでばたばたするのを苦々しげに見詰めていたチィさんには
更なる試練が待ち受けていた。
積み込みが済むまでの間、安全の為に
浴室に閉じ込めておかねばならなかったのだ。
心細げに鳴いて浴室の戸を引っ掻くのが気の毒で
何度も様子を確かめに行きたくなるが、
その暇もなく積み込み作業を急がねばならない。
疲れで普段にも増して回転の遅くなった頭を抱え、
うろうろするばかりの当事者をよそに、
皆がてきぱきと作業を進めてくれたおかげで、
驚くほど早く積み込みを終える事が出来た。
処分し切れなかったゴミがかなりの量残されたが、
それらも一緒に積み込む。
箱形の2tロングのトラック一杯、完成したパズルゲームの様に、
殆ど隙間なく荷物が積み込まれた。
それこそ“猫の仔一匹入り込む隙間もない”くらいに。


最後のゴミ袋は、高く高く積み上げられた荷物の向こうへ、
壮年のトラックドライバーさんが、
バスケのシュートの要領で投げ入れた。
袋が着地するボスッという音がして、
全員が「お〜〜」という感嘆の声を上げた。
ドライバーさんが少し得意げな顔をして振り向いた。
幕引きあとの役者が観客の拍手に応えてもう一度舞台に現れる時の様な、
芸を終えた芸人さんが帽子を脱いで一礼する時の様な、
愛嬌のある表情で目をきょろきょろと動かし、皆の方を見る。
家中を埋め尽くしていたあれほど多くの荷物が、綺麗さっぱりなくなった。


トラックを見送って、すぐにチィさんの様子を確認する。
普段とは違う物音や気配に怯え切り、
浴室のドアを開け放ってもすぐには出て来ようとしない。
爪研ぎに精を出して、もう少しで殆ど
“完璧な破壊”に成功するところだったお気に入りのソファーも、
場所を知り尽くし、器用に間を縫う様にして歩いてきた沢山の家具たちも、
浴室から解放されてみれば何もかも全てが魔法の様に消え失せ、
様子が一変してしまっていた。
空っぽになった家の中はひんやりと余所余所しい空気が漂っていて、
まるで別な家の様に見えた。
長い間日向ぼっこを続けてきた窓辺も、今では何処か寒々しい。
チィさんはがらんとした部屋を見た途端に、文字通り固まって、
身動きする事も、声を出す事も出来なくなってしまった。
小さな身体を強張らせて姿勢を低くし、目を大きく見開いて、
この事実をどう受け止めてよいのか解らないといった顔で、
鳴き声も上げられずにいる。
どんなに不安でも、もう身を隠す場所さえ何処にも残されていなかった。
環境の変化に弱い猫にとって、これ以上の非常事態は他にないのだろう。
所在なさげなチィさんの様子は、安住の地を理不尽に奪われ
さも傷ついたという風に僕には見え、胸を締め付けた。
更にこの上、大嫌いなキャリーバッグに押し込んで、
これまた大嫌いな電車に長時間揺られて
チィさんの忍耐力を試す様な真似をしなければならないのかと思うと、
声も出せないチィさんに代わってこちらが泣き出したいくらいだった。


少し落ち着かせる為にチィさんを部屋に残し、
手伝ってくれた友人たちと一緒に近所で昼食を摂る。
この先こうして集まって食事をする機会を持つ事も、
近所で偶然すれ違う事も、気紛れにふらりと訪ねて
旨い珈琲や麻婆豆腐をねだる事も、もうなかなかに叶わぬ事だ。
皆、それぞれに忙しい。
礼らしい礼もする事が出来ないのに、嫌な顔一つせず手を貸してくれた事、
普段は照れくさくて、互いにあまり口にしない言葉を綴り、
心温まるメールをくれた事、引越祝いのシャンパン、
多分少し苦労して選んでくれたであろう誕生日の贈り物、
どれもけして忘れない。


友人達と別れてキャリーバッグを抱え、駅の階段を上り始めてすぐに、携帯が鳴った。
たった今別れたばかりの友人からだった。
最寄り駅から最初の乗り換え地点まで、車で送ってくれるという。
車の中でチィさんの背中を撫でて少しは落ち着かせてやれるだろうから、
それはとてもありがたい申し出だった。
道が混んでいて、駅までは普段の何倍も時間が掛かったけれど、
そのおかげでチィさんは少しだけ平静を取り戻す事が出来た様に見えた。
しかし電車に乗ると、また大きく目を見開き、ガタガタと震え始めた。
それは新幹線のホームでピークに達し、
小さな頭や背中が酷く震えているのが手を触れずとも判り、
陶器や硝子の様に今にも壊れて粉々になってしまいそうで、見ているのが辛い。
キャリーバッグの中から、どうしてこんな目に遭わせるのかと問いたげな
悲しそうな目をして見詰める。
ストレスでぼさぼさになった毛並や、
掌に伝わって来る小さな背中の震えを感じる度、
もう引き返す場所が残されていない事、
出来得る限り速やかに新しい住まいに着いて
ありとあらゆる手を尽くしてチィさんを落ち着かせる事、
その事ばかりを考える。


新幹線を降りると手筈通り友人が車で迎えに来てくれていて、
すぐに新しい家に送り届けてくれた。
頼んでおいた通り、チィさんのトイレも準備しておいてくれた。
特別猫好きではない筈の友人が
怯えた様子のチィさんを見て足音を忍ばせていた。
小声で話し、急な動作をしない様、驚かせない様に気遣ってくれる。


移動中のチィさんの様子をつぶさに見て、チィさん同様、
或いはそれ以上に打ちひしがれた様子をしていた恋人が、
チィさんを抱いて、静かに撫で続けた。
いつも通り大きな音をたてて喉を鳴らす様になるまでには、
それからずっとずっと長い時間が必要だった。
それでもその日のうちに彼女の腕の中で小さく喉を鳴らし始め、
次の日荷物が次々と運び込まれると、
また悪夢が蘇った様ではあったけれど、
荷物が増える度、移動する度に各部屋を忙しく見回って
日を追うごとに新たなお気に入りの居場所を発見し、
新しいソファーでまるくなって眠り、
新しい窓辺に寝そべって日向ぼっこをし、
少し眺めの良くなった外の景色を見て目を細め、いつも通りの、
少し不機嫌そうな、眠たそうな目を取り戻して、
ゆっくりと、いつものチィさんに戻って行った。


今では、もうずっと昔からここに居て、
引越など最初からなかったかの様な顔をして
新しくて古いソファーに収まっている。
そのソファーは、もうずっと昔、
僕がまだ十代の頃に家に来たものだ。
僕は以前暮らしていた街に戻った。
小さな頃、身を乗り出す様にして出窓から眺めていたのと同じ景色を
同じ窓から、今は恋人とチィさんと一緒に見ている。
所々手を入れて多少様子は変わりはしたが、
長椅子にチィさんと恋人が並んで座っているのなど目にすると、
その隣に小学生くらいの頃の自分も居て、
退屈そうに脚をぶらぶらさせている様な気がして、
不思議な感覚を憶える。
チィさんもまた、僕がまだ小さかった頃から、
ずっとここで暮らしてきたかの様な顔をする。


トラックに荷物を積み込む為に早朝から駆けつけてくれた友人達。
可愛げのない弟の為に前日の夜中から出発し、
殆ど眠らずに夜までトラックを走らせ続けてくれた兄とドライバーさん。
いつまでも終わらない荷詰めに根を上げて開き直り、
すぐに諦めて放り出しそうになるのを
何度でも根気よく慰めて押し留めててくれた恋人。
色々な方の助けを得て、何とか無事に引越を済ます事が出来た。
沢山の方から新しい門出を祝う暖かな言葉と、贈り物を頂いた。
気が向けばいつでも訪ねて来て欲しい。
精一杯のささやかな歓待をもって御迎えし、
居心地よくいつまでも逗留してもらえる様な家にしていきたい。
と、まだ荷解きのされていない段ボールに囲まれて考えている。




ありがとう。
チィさんも僕も、元気でいます。
あなたも、いつまでもお元気で。