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誰それを信ずる、何々を信ずる、と言う時、
もしかしてこれは自分にとって都合の良い、
只の思い込みなのではないか、と思う事があって
素直に、手放しには、そう口にする事も
解った様な顔をする事も憚られる。
大抵いつもいくらかは釈然としない気持ちのままでいる。
しかしそこには、「信ずるに足るものなど世の中には何もない」 
という様な、斜に構えたシニカルな気持ちは微塵もないのであって、
僕はこの人ではないのだから、この人の信義は僕の信義とは異なるのだ、とか、
信じる為には相手の事をもっともっと深く理解しなければならない、だとか、
ああでもないこうでもないと余計な事を考え過ぎる傾向があるからであって、
僕が臆病で疑り深く、猜疑心の塊の様な人間であるからだとか
自分に信ずるに足る何かが不足しているから
他者をも容易に信じられないのだろう、
とかいうのは全くの見当外れであって、
きちんと納得がいって折り合いがつけられさえすれば
一点の曇りもなく晴れ晴れとした顔で
「僕はあなたを信ずる」とはっきりと口にする事も吝かではない。
大体、自分の事でさえ時々怪しく思い始めたりする僕には、
どうして自分でもない他人をそう簡単に信じられるのか、
そこのところがどうもよく解らない。


等と言っていると、気難しくて偏屈でとても意地悪な人の様だけれども、
実際気難しくて少し意地悪なところはあるのかも知れないけれども、
只、よく解らないだけなんだ。
「信ずるに値するものなど何もない」
と言い放って生きて行けるほどタフじゃないし
何かは信じていたいし、誰かに信じられたい。


色々な事が、パズルのピースが嵌る様に
すっきりかっちり理解が出来たらいいのになあ。
不惑を過ぎても絶好調に惑いっぱなしなんだけど
一体全体どういう事なんだろう。