前に行った簪博物館で、銀蒔絵の見事な櫛を観た。
図柄は「狐の嫁入り」で、月灯りに照らし出された銀の野を
金色の眼をした狐たちが粛々と駕籠を担いで往く姿が描かれている。
時を経て少し燻しがかかった銀地の野原を行く狐たちの様子は
とてもとても静かで、少し怖くなるほど静かで、
それは観ている者が思わず息を潜めてしまいそうになるほど
妖しく幽玄な景色だ。



あまりに見事な意匠が施されているので、
まるで目の前にその光景が広がっている様な気になって
僕は息を潜めたまま暫くはその場から動けなかった。
魅入られる、というやつだろう。


そうしたものに出会えるのは幸せだ。
語りかけてくるものたちの声に耳を傾けられるのは幸せな事だと思う。