夜に来客があるから、飲むものでも用意しておこうと買い出しに出掛けた。
コロナビールを三本とライムが一つ欲しかったが、
近所のスーパーには売っていない。
大型ドラッグストアにも、24時間営業のスーパーにも置いていなかった。
諦めて発泡酒と煙草を一箱買った。


買い物の帰り道、駅前の静けさが妙に気になったのは、
昨日まで商店街の祭りで、いつになくとても騒がしかった所為だ。
平日の日中もシャッターを下ろしている店が大半を占める寂しい商店街には
不似合いな威勢の良い祭り囃子が一日中鳴り響いていて、
それがとても空々しく聞こえるものだから、
余計に落ち着かない気持ちになった。
寂しい場所はひっそりと、ちゃんと“寂しく”あるべきだ。
その方が寂しくないから。


家の見える所まで来て二階の窓を見上げたら、
そこにチィさんが居て、遠くからこちらを眺めていた。
静かに座って、じっとこちらを見ていただけなのだけど、
あ、いるな、と思った途端に、どういう訳だか泣き出しそうになった。
どうしてだか解らない。
悲しいのでもなく、嬉しいのでもなく、
そこにそうして座って静かにこちらを見ている光景が
あまりに自然で風景に馴染んでいた所為かも知れない。
昨日までの騒がしさも今日の静けさも
チィさんはあそこで全部ああして見ていたんだろう。
ここに住む様になってからもう五年程が経ったろうか。
時間が静かに過ぎて、色々な事は確かにあったのだけれど
窓辺に居るチィさんは五年の歳月を経ても何も変わらない様に見える。
チィさんは「そんな事は何でもない」という様に大きな欠伸をして、
ゆっくりと前脚を伸ばしてからブラインドの向こうへ消えた。


僕は鍵を取り出して家に入った。
「そんな事は何でもない」と声に出して呟きながら。