チィさんは僕が咳をする度に大きく揺れるベッドの上で、
いかにも不満げな表情で丸くなり、
時折こちらを見ては小声で何か文句を言う。
「窓辺で日向ぼっこしておいでよ」と声を掛けても、
頑としてベッドから動かず、
隣の部屋で思う存分ソファーを占領する事だって出来た筈なのに、
さも“仕方がないからここに居てやるのだ”とでも言いたげに
恩を着せるのだ。
ベッドの真ん中に居座るものだから、僕は脚を伸ばす事も出来ない。
それでも手を伸ばすと、
いつでも暖かく柔らかなその背中に触れる事が出来たのは、
病に臥せっている身にはありがたかった。


普段の運動不足や経年劣化から抵抗力が弱まっている所為か、
回復までに長い時間を要するのが情けない。
もう気力だけでは乗り切れなくなっているのかも知れない。
普段は治まっていて何の不自由もないが、喘息の持病がある為に、
長引くと呼吸器系の疾患を併発する事を恐れる。
夜はアドレナリンの分泌量が低下する為に
昼間は治まっていた咳がぶり返すらしい。
痰に血が混じる様になって吐く息が熱くなると、
横になると咳が止まらなくなった。
その為にここ数日は夜は眠らず、映画を観たりして遣り過ごした。
じっと横になって息苦しい思いをしているよりも気が紛れるし、
肺炎を併発するのでは、とか、もし入院が必要になったら
チィさんの世話はどうすべきか、とか
くよくよ思い煩って過すのよりもずっといい。


それが今日になって、カチリ、と何かが切り替わる様に
咳が治まり、呼吸が楽になった。もう吐く息も熱くはない。
あ、終わったんだ、と実感する。
久々にゆっくりとバスタブに浸かり、髭を剃りながら、
明日は溜まっていた用事を済ませてしまわなければ、と思う。


長かった。