廃旅館


長い間会っていなかった友人を訪ねる事にした。
友人は、今はもう使われていない廃旅館の一棟に間借りしているのだという。


その旅館は長い年月を掛けて増築に増築を重ね、
まるで生き物が成長するかの様に
上へ横へとゆっくり拡がって行った。
そうやって巨大になり過ぎて、
しまいにはもうどの方向から眺めてみても、
どんな形の建物なのか、誰にも解らなかった。


友人の処へ辿り着く頃には日もとっぷりと暮れ、
旅館は後ろに聳える暗い山々と一つとなり、
こちらへ迫って来るかの様な印象を与える。
それはまるで黒い大きな生き物の屍骸が横たわっている様に見えた。


中に足を踏み入れると廊下が迷路の様に縦横無尽に走っており、
幅の狭い階段がありとあらゆる場所にあった。
その殆どが酷く朽ちていて、とても人が暮らせる様な状態ではない。
こんなところによく住めるものだと感心しながら友人の後を付いて行くと、
この辺りが旅館の中心部だろうと思われる場所に辿り着いた。
不思議とそこだけが何処も朽ちておらず、廊下も踏み破れていない。
時代がかってはいるが、そこは妙に暖かで明るく、
居心地が良かった。


旅館の奥が気になり始めた。
この先はどうなっているのだろう。
どうしても見てみたい。
ちょっと奥を見て来る、と言うと、
友人がやめておけと答える。
理由を訊ねても答えない。
構わず立ち上がって奥へ踏み入ろうとすると、
「奥には何か棲んでいる様だから・・・」
と小声で言って、後はもう押し黙るばかりであった。