長く奇妙な夢を見た。


有名歌舞伎役者一族の暮らす大邸宅。
大勢の人たちが招かれ、勉強会と称された映画の上映会、
立食パーティーの様なものが開かれている。
上映も終わり、どうも自分には場違いな様だし、と
早々に立ち去ろうとしたところを、
顔見知りらしき若い女性に呼び止められた。
手を引かれて見知らぬ若い男たちが談笑するテーブルにつかされ、
ここで暫く待てと言う。


暫くは我慢していたがどうにも居心地が宜しくない。
後で何か用事があるらしいが、どうせ大した用でもないだろう。
こうまでして気紛れに付き合ってやる義理もない と席を立ち、
帰ってしまう事にした。その前に小用を足したくなって
レストルームへ向かうと長蛇の列であった。
他の階のレストルームを探す事も考えたが、
今日は開放されているとはいえ
他人の棲まう邸内を勝手に歩き回るのは気がひける。
大人しく列に加わった。


それにしても酷い混み様だ。
まるでバーゲンセール中の百貨店の様ではないか。
待つ間周りを見回してみると、贅沢な調度品が溢れた邸内は
所々にゴシック様式のグロテスクな装飾が施され
全体に何処か薄暗く、黒っぽく煤けた印象を与える。
真っ赤なカーペットが敷かれているかと思うと、
畳張りの和室に続いていたりする。
和洋折衷の暗い部分ばかりを寄せ集めて建てた様な
不気味な建造物であった。


列は一向に進まない。
俯いて並んでいる者たちも黒尽くめだ。


どうも様子がおかしい。
何故今までそれに気が付かなかったんだろう。
陰気な建物に集まった奇妙な黒尽くめの者たち。
尋常な者たちの気配ではない。
いつまでもここに居てはいけない。
俄かに恐ろしくなって、静かに列を離れ
階段を降りて屋敷から逃げ出す事にした。


外はいつもと何も変わりない。
大勢の人たちが賑やかに行き交い、まだ日も高い。
ほっとして暫く歩いてから、
テーブルに上着とカメラを忘れて来た事に気が付いた。
安物の上着は諦めがつくがカメラはそうはいかない。
簡単に買い換える様な余裕はないのだ。
意を決して取りに戻る事にした。


ほんの少ししか来ていない筈なのに、屋敷が見付からない。
そんな筈はないと必死に探したが、
あの大きな屋敷の建っていた場所には
まるで様子の違う建物が建っている。
確かにこの場所にあった筈、と その建物に入ってみたが、
大きくて立派な事以外は中の様子もまるで違う。
薄暗くもないし、黒尽くめの人たちも居ない。
もうあそこへ戻る事は出来ないのだ。


ほっとした様な、悔しい様な妙な心持ちになって目が覚めた。
目が覚めても暫くは忘れ物の事が気になった。
カメラはベッドの傍らにあったが、
もう今までのものとは別なものになってしまった様な気がする。
夢の中に忘れ物をしてきたのは初めてだ。