Knock, knock

ノックくらいするよ

人から聞いたばかりの話。


小さな運送会社の事務所に、灯りが煌煌と燈っている。
外の闇は何処迄も深く、辺りは静まり返っている。


残業ですっかり遅い時間になってしまった。
静寂の中、書類整理に追われていると
硝子戸の方から コツ コツコツ
と微かな音がする。
こんな遅い時間に客でも来たのだろうか と少し顔を上げるが、
硝子戸の向こうは墨をひいた様に暗く
誰も立っている気配はない。
気の所為かと書類に目を戻した途端、
今度ははっきりと コツコツ コツコツ 
ノックの様な音が聞こえた。
席を立って戸口の方へ向かうと、
硝子戸の下の方、それまで机の影になって見えなかった部分に
ゆらゆらと白い影が蠢いているのが目に入った。


一瞬ギョッとして身が竦んだが、
よく見ればそれは、真っ白な猫であった。
白猫が硝子戸に前足を掛け、引っ掻く様にして戸を揺らし
小さな物音を立てていた。


静かに戸を開けると、猫は逃げるでもなく、入り込むでもなく
真っ直ぐにこちらを見上げ、はっきりとした声で一声鳴き
戸口から少し離れた場所へ移動して
こちらが着いて来るのをじっと待っている様だった。
その様子が奇異なものに思えて、後を着いて行く事にした。


通りに出ると、白猫は暗闇の中を
何処かへ向かって真っ直ぐに歩き出した。
見失わない様に小走りにならなければならなかったが、
夜目にも白いその姿は、まるで着いて来るのを見越したかの様に
時折立ち止まっては振り向き、こちらが追い着くのを待った。


暫くして辿り着いた先は、見慣れた事務所の裏通りだった。
その通りの真ん中に、この場所へ導いた猫よりも
痩せて一回り小さな白猫が横たわっていた。
白かったであろう身体は血で汚れ、ぐったりとして
一目見ただけで、もう二度と目を開ける事はないのが見てとれた。
近付いて触れてみるとまだ暖かい。
事切れたのはつい今しがただろう。


先導して来た猫は、少し離れたところに静かに腰を下ろし、
こちらの様子をじっと伺っている。


横たわって動かない猫を見下ろして、やり切れない気持ちになった。
この猫を何とかしてやりたくて、人を呼びに来たのだろうか。
もう一度見上げると、さっきまでそこに居た筈の白猫の姿は
もう何処にもなかった。